34.5

本鈴のまさに一秒前、滑り込むように教室に入り席に着いた俺は、思わずセーフ!!と叫んだ。後ろの席の仁王がくっくっと笑うのが聞こえて、授業開始の挨拶を適当にした後すぐ振り返った。

「ギリギリじゃの」
「色々あったんだよ。水代さんと話したりとか」

俺的に驚愕されるだろう大ニュースを話したつもりだったんだけど、仁王はそんなに驚く事もなく机に頬杖を付いて目を細めた。

「ほう、お前さんも話したんか。どうじゃった?」

お前さんも、って他に誰指してんだよとそっちも気になったけど、それより俺はこの何とも言えない俺の中のもやもやをどうにかしたくて、素直に仁王の質問に答える事にした。

「思ってたより、普通だった」

そう。良くも悪くも、水代紗良は普通だった。幸村君の元カノで、赤也の現カノ。なのにフツー。それってさ、逆に変だよな。違和感ある。俺が勝手に酷い予想してただけか…?
でも雰囲気…なんか…これは普通じゃなかった気がする。話してるうちに忘れてたけど、あかりのクラスに入ってすぐ水代さんを見た時は、失礼だけど幽霊みたいに思っちまったんだよな。しかも席も一人だけ後ろに飛び出してるし。男子の列だったし。…明日には水代なんて奴居なかったって怪談出来そう。あ、やめよこの考え。鳥肌立ってきたし。

「ふーん、食えない女じゃのう」
「は?」

仁王が愉しそうに言った言葉に、俺は思わず真顔になって考える。普通に見えたって言ってそれって、つまり本当は普通じゃないのに俺は騙されたって事か?
ちなみにもち授業は始まってるけど、席前後な俺達が先生の目を盗んで話すなんていつもの事だから(真田に知られたら殴られそうだけど)構わず会話を続ける。

「何?お前も水代さんと話した事あんの?」
「友人ぜよ」
「はぁあ?!」

おい、よっしーの交友関係どうなってんだよと思ったけどこれ水代さんの交友関係の方が変わってんじゃないのか?てか、え、仁王と友達?!

「いやいや、前まで話してなかっただろ!いつから?!」
「最近」
「だろうな!」

コントじゃねぇんだよ!

「柳とも話した事あるんじゃけど、水代さん頭良いぜよ」
「…うん?」
「閃きやらそういう生まれついての天才じゃのうて、駆け引きの天才じゃ。こういうんは努力しなきゃどうにもならんから、そうならざるを得ん人生じゃったんかのう」
「…おいおい、水代さんまだ俺等と同い年だろぃ?んな、大袈裟な…」
「あんな希薄な人間が、普通の人生歩んで来たと思うんか?」

俺は水代紗良を思い出す。話してると普通なのに、存在感もあるのに、今にも消えそうと思わせる何かが危うい女の子。
幸村君の隣で笑ってた時は、そんな事一度だって思わなかったのに。

「思えねぇ、な」

駆け引きとか大変な過去とか、それより俺は何で幸村君と別れてからあんな消えそうになってんのか、が気になる…かも。そりゃ、赤也に幸村君の代わりが務まるとも思えねぇけど、今の幸村君見る限り振ったのって水代さんからじゃねぇの?あーでも、佐藤はこの前自分から彼女振った癖になんか病んでたな。そういう事?

「ブンちゃんも興味出てきた?」

煩ぇ。主語を言え主語を。

「…ちょっとな」

水代さん、あかりの友達っぽいし。
…あ、やべ。せっかく貸してもらったのにそういや教科書全然見てねぇや。いつもは偶に書き込んであるあかりの文字探して楽しんでんのに。
水代さん、具合悪かったらしいから今日すぐ帰んのかな…じゃあ教科書返しに行ってもあんま話し掛けて止めねぇ方がいっか。じゃあまた今度…そうだ、あかりにジュース奢る約束してんだ!

「って、何で好きな子の方をダシにしようとしてんだ俺」

                


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