16

切原君に引っ張られるまま、玄関に連れて来られ、靴を履き替えるよう言われた。と言っても、今私スリッパなんだけど。…いやそれより、

「切原君、私の靴教室」
「あ」

切原君がそういえば、とばかりに声を上げた。まぁ、今の私の靴箱の惨状を知らないまでも、私が虐められているのは今朝の発言からも知っているみたいだし、靴箱に外靴を入れていないのはわかっているみたいだ。

「えっと、外靴持ってくる?」

と言うか、そもそも私のお弁当は教室なんだけど。加えて、私外でご飯食べると虫とか気になって落ち着かないから校舎内で食べたいなぁ…。

「…ごめんなさい」
「え、いやそこまで気にしてないけど」
「じゃあそっちも気使わないでくださいよ。やりづらい」

何処か拗ねたように私を見る切原君に、私は脳内で疑問符を飛ばした。

「だから…!俺とアンタは、利害の一致の関係で、だけど恋人同士でしょ?!よく考えれば先輩、俺が先走ったせいで昼も持ってきてないし!気使われる関係じゃねぇんだから、はっきり言ってください!」
「…あ、うん、ごめん」

よくわからないけど、切原君は気を使い合うような関係が嫌いらしい。私の為なのか、本当に単に自分が嫌なのか微妙なところだ。

「先輩は悪くないから謝んなっ!ごめんなさい!」

怒りながら謝られた。初めての経験だ。

「じゃあ、休み時間20分前に切り上げてご飯食べに戻っていい?本当は取りに行くの面倒」
「わかりました!」
「えーっと、じゃあ、お話するのかな…?外は無しとして、いい場所知ってる?」
「任せてください!」

こういうのは切原君の方がいい場所知っていそうだと話を振れば、案の定。自信有り気に歩き出した切原君の後に続く。

「何処行くの?」
「第一希望は第三理科準備室ッスね。仁王先輩と丸井先輩居なかったらそこにしましょ」
「へー…彼女とでも居るんだ」
「彼女ね…まぁ、そんな感じッス」

切原君の言い方が明らかに、無関係以上彼女未満な関係を彷彿とさせる。丸井君は全然知らないし、仁王君だって私は女関係まで弁護する気はない。仁王君もそんなの望んでいないだろう。
そういえば、吉村君と安住君も、菅野君のせいで仁王君まで女たらしになったみたいなこと言ってたな。

「男子テニス部のレギュラーってさ、意外に彼女居る人少なくない?皆巧妙に隠して噂広がらないだけ?」
「や、実際いないっしょ。丸井先輩は別っぽいけど、他は俺含めて作るに作れませんでしたよ」
「…今はいいの?」
「柳先輩は怒るでしょうね。やだなー」

作るに作れなかった、という言葉に引っ掛かりを覚えながらも聞けば、言葉とは裏腹に大して気にしていなさそうに切原君はからから笑った。
…単にモテすぎて困っちゃう自慢か。私って、我ながらこういうタイプの人との駆け引き苦手だな。
それにしても、嫌だと笑うのが半分冗談にしても――

「変なの、怒られたくないなら私と付き合わなきゃいいのに。まぁ、柳君は少なくとも怒りはしないだろうけど」

私とのこの遊びは、柳君に怒られて…幸村君も優しい人だから、私を想って良い気はしないだろうに、切原君にとってそれだけの価値があるんだろうか?
切原君は相変わらずにこにこと表情を崩さない。

「それでも…試してみたい時、あるでしょ」
「それが私と付き合う遊び?」

だとしたら…何と言うか、途端に深みの無い言葉だ。
私の呆れた顔を見て、切原君はまた笑う。

「俺、全力主義なんで。遊びですけど真剣ッスよ」
「…ふーん」

話していたらいつの間にか第三理科準備室に着いていた。

切原君はよくわからない。

                


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