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仁王君は本当に、私に幸村君のことを聞かなかった。多少関係のある話題に触れても、幸村に関しては答えなくてもいいから、と念押ししてくれたし。ほとんどが世間話で、友達の居なくなった私にはそんな他愛無い話が楽しかった。

「なんか、仁王君のイメージ変わったかも」
「うん?」

何処か遠く、絶対に仲良くなれないし仲良くしてくれないだろうと思っていた仁王君に隣で首を傾げられ、私は小さく笑った。
仁王君って、もっと冷たい人だと思ってた。

「私、昨日の朝会った…えっと、テニス部で二年のレギュラーの子と同じような事聞かれるかと思ってた」

それが当然ではあるんだけど、仁王君が優しすぎて拍子抜けしたのだ。
何故か急に顔を強張らせた仁王君に、意味がわからず疑問符が飛んだ。

「ちょお待ち…水代さん、赤也の名前知らんのか?」
「ああ!そう名前、赤也だ!名字は何だっけ?」
「切原」
「それそれ!」

やっとわかった名前にすっきりして一頻り頷いていると、微妙な顔をした仁王君に気づいてハッとした。
立海で切原君の名前を知ってるなんて常識だった…!だから仁王君あんな顔したのか…あー、絶対馬鹿だと思われた。

「いや、あのね、忘れてただけだから!」
「ククッ…わざと興味無いふりした奴は珍しく無いが、ホンマに名前も覚えてない奴は初めてぜよ。俺の名前は忘れんでな?」
「ちょっと忘れてただけだから…っ!そ、それに仁王君は大丈夫!今日ですっかりいい人のイメージがつきました!」

仁王君は私がここ最近あった中の誰より優しかった。今日初めて話した私に、優しさをくれる人がいた。それだけで幸せな気持ちになれた。そんな人の名前を忘れたりなんてしませんとも…!

「俺がいい人、ねぇ?…水代さん、そんじゃ俺の元々のイメージは何だったんじゃ?」
「あー…やっぱ詐欺師?」
「ま、そっちのが一般的じゃし正解じゃな」

多少気まずいながら正直に言うと、仁王君は当たり前だという風に頷いた。それに私の方が不服な思いになる。
何でこんなに優しい人が、詐欺師なんて呼ばれるんだ。詐欺師はあくまでコート上の、でしょ?

「仁王君はいい人だよ。私がそう思ってるんだからいいの」
「ほーか」

私の言葉を流すように仁王君が言ったと同時に、授業終了のチャイムが鳴った。
次は…数学だったかな。流石にもう一時間も授業をサボる訳にはいかない。

「…えっと、じゃあ、」
「またな」
「!うん…!また、ね!」

本当にまた、が来るかなんてわからないけど、そう言ってひらひらと手を振ってくれた仁王君に、私は笑顔で手を振り返して屋上を出た。
校内の方が暖かいはずなのに、さっきの屋上の方が暖かかったような錯覚に陥りながら私は教室に戻った。

                


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