*やんわり想像妊娠注意




泣きそうになっていた。顔に影がさして、おれはどうしようと一人焦っている。
綾部の大きな丸い目は、普段は皿のように感情を感じないのだけれど、このときばかりは、目に水がたくさん溜まって今にも目が落ちてしまいそうだ。
「ねえ苗字、ぼくたちなんで男同士なのかなァ」
「…うん…」
「ねえ苗字、見てご覧。ぼくのお腹。こぉんなに不恰好に膨らんでいるのに、中には何にもいないんだ」
「……うん……」
「ねえ…」
ねえ、ねえと繰り返すばかりで、おれと綾部の距離が埋まることも、離れることもない。非生産的だねェ、ぼくをこうしたのは、苗字なんだ。わかるかい。言葉にして投げかけられているわけでもないのに、綾部の声が聞こえる。おれは無意味に耳をふさいで、綾部の声から逃れようとする。
「苗字」
「うん…」
「大嫌い」
「…うん…おれは、綾部のこと大好きだよ」
「だいっきらい」
ついには目からぽろぽろ涙を流しながら、一心におなかを摩る綾部。ついにはおれも泣き出してしまって、二人そろって声もあげずにぽろぽろぽろ。
「綾部、ごめんなァ。おれ、お前のこと大好きだよ。」
「あっそう」
「お前のお腹も愛しいよ。おれ、お前を抱きしめたら、いつも頭おかしくなっちゃうけど、お前のこと誰よりも好きなんだよ」
「ふうん」
「綾部」
「…」
「聞き分けてくれよ」
綾部の装束をまくって、おなかに接吻して、愛しいふくらみをすすすと撫でる。でも、分厚い肉だから、綾部はきっと何も感じない。悲しいなあ、悲しい。これが、仮におれたちの妄想の産物だとて、愛の証であることには変わりないのに。生殖器ひとつ無いぐらいで、なんて不当な扱いを受けているんだろう。泣いてしまいそうだよ。なかないけれど。愛しい綾部のおなかのふくらみが、日に日に大きさを増してって、とうとう無視できない状況になってしまった。おれたちが体を繋げたのは一度きりだけど、それほどまでに、その行為への想いが膨らんでいて、どうにも幸せが止まらなくなった果てに、こんな無残な結果になってしまって。綾部、綾部。好きだと。愛してると。
「嫌いなんて、綾部、お前はうそつきだね」
「…」
おれのこと、好きすぎて、きらいなんだよね。おれとの子供すら、孕めない自分が不甲斐ないって、一人で泣いて呻いてたろ。おれも、不甲斐ないよ。お前を泣かせてしまうぐらいならば、お前を好きにならなきゃ良かったよ。お前のおなかは、おれのことを愛してるからこそ膨らんでしまったんだろう。おれは、それがいつかおれからの愛にこたえられなくなって、破裂してしまうのではないかと、馬鹿みたいな妄想が頭をよぎってしまったよ。それほどまでにお前が愛おしいくて、頭が狂いそうだよ。綾部、好きだよ。
「ああ…綾部」
「苗字」
「綾部が、女だったら良かったのになァ」
「ぼくが、苗字を好きにならなきゃ良かったのになぁ」

後悔しても、もう遅すぎるってのは、二人とも知ってるんだよ。



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