名前は何があっても私の味方で、世界一私が大切で世界一私を愛してると自信があったから、何でも我が儘を言ってきた。
「いーよ、仙蔵が望むままにー」
そう、やる気のなさそうな間延びした返事をする癖に、名前は必ず私の望みを叶えてくれた。
恋人ではなかった。
名前は私の乳兄弟だから、微妙な関係で。一つ学年が下の名前が私を追い掛けて学園に入学して来た時は、涙が出る程嬉しかったけれど。
「恋人ってのは、別れるものだからな」
「あ?何だよ急に。大した極論だな」
眉を寄せた文次郎に、力無く笑う。
だって、私の母上は当主様の寵愛こそ受けていたけど結局側室で。正室には母上も兄弟も私も疎まれていたし、初めてやる事でも上手く出来る優秀な私を兄達も疎み、背中には色々あって消えない傷もある。
なのに、男同士で幸せになれる?とてもそうは思えない。
「悩みか?苗字でも呼ぶか?」
「いや、この悩みは名前でもどうにも出来ないさ」
決して怒らず常に優しい笑みを浮かべている、私の狂信者と影で囁かれている名前を想い苦笑する。
名前が私の為にいつも側に居てくれている事は知っている。名前は、優しいから。けれど、私も名前が好きだから、もう少し自分の為に生きてもいいのに。
そう、何の気もなしに思ってしまったのが、悪かったのだろうか?
「悪いな、仙蔵。天女様の所に行ってくる」
一人、二人、同級生が突然学園に現れた天女様に取り込まれた。
気づけば六年は私以外が全員、天女様を囲んでいる。その中には見慣れた四年や五年も。
あんな、何処からどう見ても怪しい女を好きとは…理解出来ん。
少しだけ、取り残されたようで寂しいと感じた心を見て見ぬふりして作法室に向かう。
下級生は天女を怪しんでいるし、何よりそこには名前が居るから。
「まぁ、まだ様子を見よう。証拠は…あ、仙蔵!」
下級生達との話を中断し駆け寄って来た名前の頭を撫でる。変わらない名前に、心の底から安堵した。
「何の話だ?」
「平和なおはなしー」
ね、と下級生達に笑い掛けた名前に、下級生達も同意する。
たまに、名前は私に隠し事をする。それは必ず私に悪い秘密ではないから、私は名前と秘密を共有しているらしい下級生達に表に出さない程度の小さな嫉妬をしても、無理に聞き出しはしなかった。
「だいじょーぶ!俺、仙蔵大好きだし!絶対仙蔵の味方だし!…あ、仙蔵先輩!」
「いつも仙蔵と呼んでいる癖に、今更後輩ぶらんでいい」
「へへ、ごめんなさーい」
名前が居たから、まだ笑えた。
「名前君」
翌日、笑顔で名前に話し掛ける天女を見た。
「あ、仙蔵!天女様居るから俺挨拶行くわ!」
例え、仲良くなったとしても私のいない所であればそれでも良かった。
無意識に伸ばした私の手に振り返った名前が気づいてくれたら、天女より私が良いんだと、たった一言が欲しかった。
仙蔵より当主様が大事なの、と笑って私の背中を押した母上のように。
怪我の治療より何より先に私を抱き締めた名前のあの温もりが、もう一度、もう一度欲しくて。
名前に私の為より自分の為に生きて欲しい、なんて嘘だ。
名前に、心から私の側に居たくて、自分の為に私と居るのだと言って欲しかった、だけ。
夜、私は名前の部屋に行った。
あどけない寝顔を見下ろして、背徳感や罪悪感に一瞬手が止まったけれど、それでも私は名前に手を伸ばした。
「名前」
「ん、ん?ぁあれ、仙蔵?」
「そうだよ」
口付けた私に、名前は抵抗しなかった。
「なに?仙蔵、俺に喰われに来たのー?」
「私が喰われる側なのか?」
「そりゃ、そうでしょ」
そう言いながら思い切り首に噛みつかれ、驚いたし痛かったけれど、嬉しいとも思った。
くすくすと笑いながら、名前は私を当たり前に受け入れた。自ら愉しそうに行為を進めていく姿は、私の為だけにやっているとは到底思えなかった。
「せん、ぞ」
「っあ、なに…?」
勝手に洩れる喘ぎ声を喉の奥に押し込めて聞けば、名前はやさしくわらう。
「世界で一番愛してる」
幸せだ。
「ねぇ、俺がもし最低な男だったら…」
「ん?何か言ったか?」
行為が終わり、まどろみながらよく聞き取れなかった言葉を聞き返せば、名前はへにゃりと締まり無く笑った。
「質問、変えよっか。仙蔵はさー、甘いのと苦いのどっちがいい?」
「ん?まぁ、その二択なら甘い方だな。それが?」
「甘いのか…じゃあ、内緒かな」
そう言った名前が虚ろな目をした気がして、目を擦ってもう一度見たらいつもの笑顔だった。
なんだ、気のせいか。
「そろそろ燃えたかなー?」
「何がだ?」
「ん?俺と仙蔵の愛の炎、なんちゃって」
後日、その日の夜中に天女の居た離れ小屋が天女もろとも不審火により燃えたと聞いた。私は思わず名前のその言葉を思い出したけど、まぁ、関係ないだろう。
「ほんと、いい咬ませ犬だった」
嗤いながら少年は声も出さずに呟いた。お題:
mess様より
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