夜、鶴丸は私の部屋に来た。
正確には、寝ているとふと息苦しさと気配がして、微睡みながら半目を開けてみたら鶴丸が私の上に覆い被さっていた。
私は悲鳴を上げかけ、しかし相手は敵ではないんだからと何とか呑み込んだ。悲鳴を上げたが最後、長谷部が来て私の想像の五倍は大事になる。
「何やってんの?!」
小さく声を潜ませて、自分に覆い被さったままの綺麗な鳥に詰る。
私がもし耐え切れず悲鳴を上げていたらどうするんだ。困るのは私よりお前だ。もう少し考えて行動して欲しい。
そんな私の心配を余所に、鶴丸は愉しげに笑んでいる。
「ほら、ヒントをやると言っただろう」
「…せめて、せめてもう少しましな起こし方は無かったの?」
「普通に起こしたんじゃ驚きが足りないじゃないか」
何故か得意気に、してやったりと言った鶴丸に私はため息を吐きたかった。今吐いたら鶴丸に息が当たりそうでぐっと堪えたけど。
「…そろそろ退かない?」
いつまでこの態勢で話をさせられるんだ。さすがに言えば退いてくれるだろうと思っていた。…けれど、鶴丸は退かない。にこにこと笑っている。
「そういえば、夜なら俺の事もまともに見られるんだな」
話聞けよ。
私はそう心から思いながら目線を逸らした。ただでさえ造形美を讃えたくなるような顔をしているのに、この近さじゃ堪らない。
「灯り薄くしか点いてないし、白く見えないからね」
「成る程な」
人の嫌な体質を楽しそうに笑うな。
闇の中では白は目立たなくなっても、金の目は美しく光りむしろ妖しく人目を惹きつけるんだから押し倒された態勢の私は堪ったもんじゃない。
もうこれは退かせるよりも要件をとっとと済ませてもらった方が早いと思い、私は話題を変える事にした。
「それで?ヒントとやらを言いに来てくれたんでしょ?」
「ああ。何で俺は君に白を見せる事をやめないと思う?」
ヒントじゃなかったのか。
完全に向こうのペースな事に苛つき、私は鶴丸を睨んで憮然と答えてやった。
「性格悪いから」
「ははは!」
鶴丸の笑い声が静かな夜中の室内に響く。誰か来て困るのはそっちのくせに、こいつ…。
「吐くのは構わない。だけど、まったく覚えていないのは少し酷いんじゃないか?」
何を。
そう言おうとして私はしかし、言葉を発せられなかった。
首が絞まる。血の気が引き込み上げて来るそれに、私は鶴丸を渾身の力で押し退けてばたばたと音も何も気にせず走り、何とか部屋の外に出ると――吐いた。
…何で?
荒い息を整え口に広がる胃酸の気持ち悪い酸味を無視しながら、私の頭は途方も無い疑問に埋め尽くされていた。
だって、私は今、白なんて見ていなかったのに。
首元に手をやる。
鶴丸は動いていなかった。けど、まるで首を直に絞められているようだった。今まで白を見た時は首を絞められているような気がする程度だったのに、今は首を絞められた、とはっきり思う。
そのままうずくまり、落ち着かない心のせいかちっとも整わない呼吸に喘ぐように息をしていると、隣に気配がした。鶴丸だろう。私は身を固くした。
「大丈夫だ。吐き気、最初と比べれば段々薄くなっているだろう?もうすぐ白にも…俺にも慣れる」
やっと顔を上げられた頃には鶴丸は居なくなっていた。
私の怖い白とは、鶴丸。鶴丸国永そのものなのだとぼんやりと理解した。