嘔吐とは、異物・毒物を吐き出す生体の防御反応である。
問.私の場合における毒とは何を指すか。
答.
×××目を覚ますと、私は布団の上で。静かに視線を横へと流すとそこには鶴丸が居た。
「吐かないんだな」
白い美しいそれが笑って、それはそれは嬉しそうに言う。まだ日は高く、白は確かに白として見える。
私は苦虫を噛み潰した気分で、無理して軽口を叩く事にした。
「もう一生分吐いたからね」
「ああ、一生分」
揚げ足を取られた。
私はもう取り繕わず思い切り鶴丸を睨み付けた。
だって、おかしいのだ。鶴丸が此処に居てはいけない。居られないはず、なのに。
「意識を失った私を此処まで運んだのは、あなた?」
「ああ、その通り」
「部屋には結界を張ってるのに、どうやって入って、どうやって今もそこに居られるの」
私は許可を出していない。いくら私が意識を失っていようと、私の部屋に入るのは私本人を抱えていようと不可能なはずなんだ。
鶴丸は笑みを崩さない。
「聞きたいか?」
……。
聞きたい。けど、聞きたく、ない。
「たった三日でも、君と会わない時間は退屈だったよ」
まるで甘い口説き文句のような事を言って、鶴丸は私の腹の上に座る。…当たり前のように跨るな。
どうして、三日の間会いに来なかったのか。これもきっと聞いてはいけない。こいつの言動全て、私にとって聞いてはいけない事だ。
そう思ったのに、鶴丸は私の表情を読んだのか答えた。
「俺と会っていない間も、俺の事ばかり考えただろう?それを気づかせたくてさ」
やっぱり睦言のような事を言う。けど、私は頭を金槌で叩かれたような錯覚を覚えた。次いで、緩く首が絞まる。
私の思考が一部でも支配されている事に気付いたからだ。
私は自主的に考えずとも、勝手に鶴丸の事を考えさせられている。いくら恋やらホラーやらそれっぽい理由付けで考えていたとして、本人が居ず吐く事も無かった間まで精神を侵されやつれる程となるのは異常だ。
私の意思じゃない。私の意思じゃなかった。
「ネックレス、付けなかったのに…っ!」
もう、白いしめ縄と桜のあれが鶴丸がわざと私の部屋の前に置いたものだというのは、確証は無くても確信していた。
けど私はあれを付けなかったんだ。だから鶴丸のものとはなっていない。所有しているのは私で、主は私の方だ。
「ああ、あれか。あれはただのお遊びだったんだけどな。綺麗だっただろ?別に付けても何も起こらなかったのに」
はは、と茶化すように綺麗な綺麗な白く神々しく強い光の毒が、私の上で笑う。
何故、こんなにも美しいのか。色彩までちゃんと見えた鶴丸国永は、息を呑む程美しく、白い。
誰か助けて。…ああ、結界を、自分で張ったんだ。そんな部屋の状態で、気軽に皆部屋まで来たりしない。墓穴。まさしく。
「此方で俺が来るまでの間、それから来てから今までの数日。充分遊んだだろう?もう、いいんじゃないか?」
「…やだ。やだ!!」
私は大声で、縋るように喚いた。鶴丸は初めて哀しそうな顔をした。それから聞き分けのない子供を仕方無く許すように、言った。
「じゃあもう少しだけな?」
私の頭を軽く叩く手は優しかったけど、鶴丸は私の上に乗ったままだ。それが私達の関係そのもの。
私は泣いた。どうしようもない決まりを感情だけで拒否する子どものように。