所詮光忠から又聞きした情報だし、何より中身はともかくあんなに美しい姿をした神様が私に実は恋慕している、なんて、私は心の中では全然信じていなかった。
部屋にこそ私の許可無しでは入れないように結界を張ったけど、これはいきなり嘔吐させられない為のただの自衛です。食われる食われないの心配ではありません。
だって私、会う度吐かされてるしね!本当に私が好きだってんなら、もっと優しくしてくれてもいいと思うしね!
ノンホワイトデーの翌日。
朝起きて支度を済ませ、部屋を出た私は部屋のすぐ外の廊下に落し物を見つけた。
「…おお、綺麗」
それは白いネックレスだった。細い白の編まれた紐の中心に金の細かい細工が美しい桜の花があしらわれている、シンプルで上品なものだ。
一見女物っぽいけど、皆私よりよっぽどな美人さんが多いから付けてても違和感は無い。誰の私物だろう?次郎太刀さんとか?
…ちょっと試しにつけてみてもいいかな?誰にも怒られないよね?
私は若干悪い事をしている気持ちになりながらも、高揚する心には勝てずネックレスを持ったまま部屋に戻り、鏡台の前に座る。
うんうん、これやっぱり綺麗だなぁ。だいたい鶴丸に言われて気づいたけど、私白が嫌いじゃないんだよ。むしろ色としては好き。
…鶴丸と言えば、このネックレスの色も白と金だな。
私は今まさにネックレスをつけようとしていた手を止めた。なんとなく。
もし昨日、光忠に鶴丸が私に恋してるかもねって話を聞いていなかったら気にせずつけていたかもしれないけど、昨日の今日で色彩の類似に気づいたからにはちょっと付けづらい。
そういや、前に光忠に皆桜好きだよねって言ったら、桜は神様の木だからねって返されたな…神様の花がついたネックレス、か。
「よく見たら、紐の部分も珍しい編み方してるな…これ、確か神社とか、お正月飾りで使われてるやつだよね…?」
意味はよくわからないけど、さすが神様の私物だな。うん。
結局ネックレスをつけるのはやめて、食堂で誰か落とさなかったか聞くことにした。
ネックレスを手にまた部屋を出て、食堂までの廊下を歩く。この時、野生の鶴が突然飛び出して来て早朝嘔吐の恐れがあるから注意だ。…うちの本丸は何処の田舎の道だと言うのか。
「あ、長谷部。おはよー」
「おはようございます、主」
わー、相変わらずの笑顔を作った顔。自然だけど、作ってる感じの表情なんだよな長谷部は。こう、ビジネスシーンっぽい感じ。
もう朝食は終えたらしく逆方向から来た長谷部は、今日も朝からしゃんとしている。そんなに本丸内でキリキリしなくていいんだけど。
…ネックレス、長谷部のものでは無いよな。うん。違うでしょ。
「これ、落ちてたんだけど誰のか知ってる?」
「?首飾りですか。いえ、見た事ありませんね。お手間でしたら俺が持ち主を探しますが」
「ううん、それならいいの」
そもそも長谷部が皆の首元のお洒落に一々意識を向けている気がしないし、知らない方が納得か。
ああ、せっかくだから思い出せないで微妙にもやもやしてるより長谷部に聞こう。
「この紐の編み方、なんて言うんだっけ?」
「失礼」
ネックレスの紐は細くて見辛いようで、長谷部は私の手からネックレスを丁重に取ると自分の目の前に翳した。
「しめ縄の綯き方ですね」
「あー、それそれ。しめ縄だ。すっきりしたー」
「…失礼ですが、これは確かに落ちていたんですか?」
「え?うん、そうだけど。何で?」
何だか難しそうな顔で聞かれたので、私はネックレスを返してもらいながらきょとんと問い返した。
「いえ、もし贈られたのであれば、相手は褒められた輩では無いなと」
「…何で?」
「しめ縄で囲われた範囲は所有を示し、内部は神域となります。もし個人の神から贈られたのであれば、首に付けようものならその神の意思次第で主が所有物にされてしまいますから」
「え」
私の手からするりとネックレスが床に零れ落ちた。
…私の部屋の前に落ちてたから、落し物だと思ったんだけど…本当にこれは、誰かが落としたん、だよね?
足下を見る。
拾う気にはならない。
「…もし、長谷部達が誰かに恋してこれを贈るとしたら…そういう意味は籠めて贈る?」
「恋ですか?した事が無いのでわかりませんが、恐らくは」
鶴丸と同じ色彩の、所有を標すしめ縄と神様の花の桜を模したネックレス。…。
「は、長谷部、やっぱり持ち主探し任せてもいい、かな…?」
「お任せあれ」
考え過ぎかもしれないとはいえ、朝から背中に氷のように冷たい冷や汗が流れた。やめて、私ホラーとか苦手な子。