胃酸で喉が痛めつけられる事も、そこの角を曲がったら奴が居て吐き気を催すのではとびくびくする事も、自分の吐瀉物を見て嫌な気持ちになる事も無い一日とは、信じられない程快適なものだった。
私の無くした健康的でノーマルな生活とは、こんなにも素晴らしいものだったのか…。
「光忠、今日は本当ありがと。好き。愛してる」
「のーさんきゅー」
辿々しいカタカナどころかひらがな英語で断られた。光忠にこんな言葉と使い方教えたの誰!最初その子に教えたのは私だろうけど!…乱君かな、たぶん。
いや、いいけど…いいけどさ。私みたいなチビで幼児体型で童顔な女子高生成り立てだった、しかも最近めっちゃ吐く小娘に、神様で刀剣でイケメンで人として見ても才能溢れるような奴等が惚れる訳無いし。
「何拗ねてるんだい?」
「うるせー。…ちょっと聞きたいんだけど、そもそも光忠達みたいな神様で刀な子達って人間相手に恋する事なんてあるの?」
「そもそも?」
「うるせー。そこは流して」
念の為に誰ともなく言い訳すると、別に私は光忠を恋愛的な意味でラブとは思ってないです。ちょっと歳の離れた、可愛がってくれるし優しいけど若干鬱陶しい所のあるお兄ちゃんみたいに見てます。
光忠としても主とは別に妹みたいに見てんじゃないかな。たぶんだけど。もう夜も近いのに平気で部屋に入ってるぐらいだし。
「誰か好きになっちゃった?」
「ちーがーうっ!純粋な疑問!」
からかって笑む光忠に、噛みつくように反論した。
光忠と居ると、ただでさえ外見のせいで実際より年下に見られるのに精神年齢まで下がる気がする。くぅ、光忠なんて、光忠なんて…くそ、罵倒する所が無い。
「そうだな…僕達のする恋と、人間のする恋は、ちょっと違うかもしれないね」
「ん?同じ恋なのに?どういう事?」
「そうだな、人間で例えるなら所有欲と食欲が合わさったものに近いかな」
「所有欲…はいいとして、食欲?…あ、その、も、もしかしてえっちな意味、ですか…?」
「じゃなくて」
違うんかい!!照れ損!無駄な恥をかいた!
私は熱のこもった、絶対真っ赤になっている顔で光忠に八つ当たりする訳にもいかず両拳を握り締め羞恥に耐えた。
「食欲は、神力の話。僕としては君の神力は可もなく不可もなくな味なんだけど、それは好みの問題なんだ。偶に君の神力が物凄ーく口に合う奴も居る」
「んー…?恋っていうか、それ食べ物として見られてるって事?」
「言い方は悪いけど、半分ぐらいはそういう事だね。人間は容姿や性格や能力で恋するだろう?でもそれって、良い遺伝子が欲しい本能でもある。それの容姿や性格や能力がほぼ全部食欲で、理由が美味しいからなのが僕達」
「う、うーん…わかったような、わからないような」
その食欲って恋なのか?ってやっぱり思うんだけど。つまり、美味しいものを無制限に食べたいから、手に入れたいんだよね?
……あれ、人間の恋も似たようなものか?私自分に性欲とか今まで感じた事無いし、そもそも恥ずかしながら初恋もまだだからわからないんだけど、意外に私のえっちな意味説も人間同士に当て嵌めて考えるんならおかしくないのかも?
正確に理解したのは、光忠が意外に人間の恋を遺伝子とか本能とか言っちゃう、ロマンチストじゃなく理系っぽいとこもあるんだなって事だけなんだけど。
「僕達にとっては寿命も短いし肉体も弱い人間はあまりにも儚い存在だから、どうしても恋も上から目線になったりするんだよ。所有欲と食欲と…後、しいて言うなら庇護欲かな?」
「それ、恋してない光忠が言うって事は神様内の共通認識みたいなもんなの?」
「そうだね、そんな話はした事無いけど皆当たり前にそう思ってるんじゃないかな」
ふーん。所有欲に食欲に庇護欲か。庇護欲にしても上から目線なものって考えると、全体的に怖いな。
好奇心の興味本位だったけど、中々面白い話だった。こう価値観が全然違う人目線のお話って、物語みたいで聞くの好き。
そんな他人事丸出しだった私の満足感は、次の瞬間打ち砕かれる。
「この話を踏まえて僕が言いたいのは、国永には気を付けろってとこかな」
…はい?
「ふ、踏まえて?」
「踏まえて」
えーっと、それは、つまり?
…光忠の話だと、神様が人に恋する条件はほぼ神力の好み。なら、私がいくらチビで幼児体型で童顔な女子高生成り立てだった、しかも最近めっちゃ吐く小娘であろうとも…人とは恋する基準がまるで違うわけで…?
「いきなり怪談になった!怖い!もう一人でお風呂もトイレも行けない!光忠、これから私と四六時中一緒に居て…っ!」
「僕としては一応、恋バナのつもりだったんだけど」
「返事は?!」
「いくら僕が君を恋愛対象でちっとも見てないからって、それは女の子としてどうかと思うよ」
「兄妹で恥ずかしがる事なんて無いもん!」
「兄妹じゃないし、人間って君の歳でも普通に兄妹でお風呂とかトイレとか一緒に行くの?」
正論なんて要らない!!