女主短編 | ナノ




氷帝学園中等部生徒会副会長。
それが私で、特定の人に言えば驚かれ慌てて頭を下げられる。たかが中学生、と思うかもしれないが、氷帝学園は特別だった。この学園には、やがて社会を動かす側に立つ家柄の者が多く在籍する。中でも生徒会は学園内で権力があり、プライドの高い氷帝生を纏める力のある者にしか勤まらない。

つまり、私は自他共に認めるこの学園のNo.2なわけだ。

「私でこれなんですから、跡部会長は余計キツいんでしょうね…」

一年生から生徒会長と共にテニス部の部長まで勤めあげる、実質上氷帝学園の最高権力者の彼の姿を思い浮かべ首を振った。
あの人は生まれつきそういう人なんだ。人からは同質のように扱われても、私とは決定的に違う。きっと当たり前のように生徒会長としての業務もこなしているんだろう。

今日の分の書類を作り終え、生徒会室の窓から綺麗な夕焼けを見て目を細める。
普通の学校と違って、氷帝の生徒会業務には学校の設備増設や各部活へ一から必要な部費の程度を計算するなど、より重要で責任の重い仕事が割り当てられている。
よって、毎日跡部会長が部活終了後であろうとも、生徒会役員に割り振られたノルマが全てちゃんとこなされているか、書類等に不備がないか生徒会室に最終確認に来られるのだけど…

「いくらなんでも、遅いですよね」

19時を指し示す生徒会室の時計に、私は立ち上がった。荷物を纏めて鞄を持ち、重要な書類が多くあるため念のため一度鍵をかける。跡部会長を捜しに行くためだ。

テニスコートに向かう前に職員室で男子テニス部の部室の鍵を確認したが、戻されていなかった。つまり、まだ跡部会長は部室かテニス中なはずだ。まぁどちらにせよ、跡部会長には申し訳ないけど一声かけて帰らせて頂こう。
靴箱で手早く靴を履き替え、テニスコートまで足早に歩く。スニーカーである自分の靴を見る度、私の生活はどれだけ跡部会長に内面的に支配されているのだと苦笑したくなる。確かにテニスコートに入ることもある副会長という立場からしたら、靴がスニーカーの方が便利だけれど。

レギュラー用のテニスコートを覗いても誰一人として人影が見当たらなかったため、部室に行く。
部室からは物音一つ聞こえなく、まさか入れ違いになったのかと一抹の不安を覚えながらもドアをノックした。

「跡部会長、いらっしゃいますか?」

返事は聞こえない。10秒程待っても返事がないため、本当に入れ違いかと気分が沈む。

「会長…?いらっしゃいませんか?」

やはり返事はない。念のためにとドアノブを捻ればドアが開いて、自分で開けたにも関わらず驚いて一度ドアノブから手を離してしまった。
中途半端に開いたドアをそのままにしておくわけにもいかず、また中は明かりが点いており跡部会長は中にいらっしゃるんだろうとドアノブを握り直す。

「…失礼、します」

開いたドアから見えた部室内に、私は固まった。
部誌と思われる冊子を開いたまま机に伏せている跡部会長のその姿は――見るからに寝ているのだけど、だけれど、あの跡部会長が?え?そもそもこの人って寝るの?…いや、人間だし寝るだろうけど、でも、え?本当に?

「跡部会長、ですよね?あの、あれ、本当にお休みになられていらっしゃいま、す?えー…」

自分が混乱していると自覚しながらも跡部会長の顔を覗き込めば、やはり目は閉じられ規則正しい寝息をたてている。
じっと跡部会長の端正な顔を見つめていると、寝返りをうたれたのか反対の方向を向いて見えなくなってしまった。私はそれを見ながら、場違いにも少し安心していた。
なんだ、この人もちゃんと人間なんだ。疲れたり、嫌になることだってきっとあるんだ。上っ面だけの、素晴らしいできすぎたロボットみたいな人間じゃ、ないんだ。

「おい」
「…へ?は、ははははい!あ、あれ?起きていらっ?!」
「…落ち着け」

顔は此方に向けてはいないけど、今この空間にいるのは私の他には跡部会長だけ。しかも、声も明らかに幾度となく聞いた跡部会長のもの。さっきまでは確かに寝ていらっしゃったはずなのに…!
私の挙動不審な言葉に、跡部会長は顔を片手で隠しながら身体を起こされた。

「…言うなよ」
「は、な、何を…?」
「今、見たことだ。誰にも言うな。いいな…?」

威圧するように低い声で言われた予想外のお言葉に、私は変に冷静になり跡部会長を凝視した。
…あれ?顔が赤い?

「跡部、会長?」
「煩ぇ」

跡部会長にその青い瞳で睨まれようものなら、普段の私なら震え上がるだろうけど、今の赤いお顔だと失礼かもしれないが全然怖くない。
私はまた困惑した。本当に、この人は跡部会長…?だって、

「かわいい…」
「は?」
「…きゃあぁあああ!こ、声に出してました?!出しましたよね?!」

私は叫び声を上げ大げさに後退りながら、パニックに陥っていた。
珍しくも跡部会長は少しの間呆けた顔をしていらっしゃったが、やがて眉を寄せる。

「…この件は不問にする。その代わり、忘れろ。いいな」
「は、い」

予想外にもあっさりと許されたことにより、私は驚きと同時に気づいた。
今の私と跡部会長のこの状況は…まるで対等じゃないだろうか?

「な、何だよ。まだ何かあんのか?アーン?」
「あ、いえ何も」

いつの間にかまた跡部会長を凝視していたようで、慌てたようにまだ若干赤い顔のまま問われたので否定する。
…話せば話す程、対等に思える。なら――

「食べても問題ないかな…」
「あ?何か言ったか?」
「いえ、何も」

訝しげな跡部会長に笑顔で返し、会長の向かいの席に座る。

だって私、ずっと前から跡部会長に内側から侵食されてるんですよ?
だから、私が会長を食べても問題ありませんよね…?ね?



(上っ面はいらないアナタの内側から食べてあげる)


企画:‐望‐様提出


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