既婚者だと知りながら、魔法省で斜め前の席に座る彼の横顔をただただ見つめ続けて三年。それから関係を持ち始め、まだ一年は経っていない。
関係を持ち始めたきっかけは…ああ、同期の飲み会でざるというよりむしろ網な酒豪部長に全員潰されて、気づいたらそういうホテルでお互い裸だった時からだ。
一回ヤっちゃうと二回目からはあんまり躊躇無くて、奥さんの存在は気になりつつもどろどろぐちゃぐちゃビターで甘味な禁断は続いた。
気になるけど、罪悪感もあるけど、ルシウスは普段指輪をしていなかったからいまいち実感も無かった。
「ルシウス」
彼女が職場に来るまでは。ルシウスを愛しているんだと、幸せな夫婦なんだとその笑顔で示しながら、彼氏と付き合いたての少女のように楽しそうにお弁当を差し出し、ルシウスがそれを受け取るまでは。
時間にしてみればたった数分の出来事で、だけど一気に実感した。
私は人の幸せを壊すような度胸はない。責任なんて持てない。私はすぐにでもルシウスとただの仕事仲間に戻るべきだ。
だって怖い。
「もう終わりにしましょう」
私はオフィスでルシウスとすれ違った瞬間、笑顔でそれだけ言って何事も無かったかのように仕事に戻った。
大丈夫大丈夫、ポーカーフェイスには自信あるから。煩い鼓動の音は周りには聞こえていない。
「何か言ったか?」
「…」
ルシウスが不思議そうに聞き返してくる。騙されかねないけど、私は知っている。
…嘘吐け、絶対聞こえてたでしょうが。私が言った瞬間、いつもの嘘臭い笑顔消えてたよ。ただの無表情だけど、あの冷たい目は絶対怒ってた。
「撤回しないよ」
私は努めて笑顔でしっかり相手の目を見ながら返してやった。
悪いね、ルシウス。私は間違えようもなくアンタの事が大好きで愛してるけど、それ以上に臆病で自分が大事。ルシウスの為に危険は冒さない。
まだしばらくは好きだろうけど、それが少し風化したら適当にいい人探して結婚して、幸せになる。
綱渡りは趣味じゃないの。
「そうか、わかった」
その返事を望んでいたし引き止められて困るのは自分の癖に、あっさり私から視線を逸らしたルシウスにやるせない気持ちになる。
いい…いいんだこれで。私は二番目は性に合わないし、ルシウスに一番を捨てて欲しいわけでもない。だから悔しがる必要はない。
「部長、少しいいですか?」
「ん、ああ。どうした、マルフォイ?」
ルシウスが部長と仕事の話をする声を無理矢理シャットアウトし、私は部下の作った書類に意識を集中させ目を通す。
……うん、上手くなったな。改善点はあるけど、大幅な直しは特に無い。ああ…恋愛じゃなく仕事にさらに打ち込むのも有りかもしれない。それとも部下と恋愛しちゃう?なーんて…空元気もいいとこか。まぁ、断ち切ったばっかりなんだからこれぐらい落ち込んだっていいよね。いいはずだ。
「…なまえ」
「ひゃあ?!」
いきなり耳元から伝って脳髄までルシウスの声が響いて、私は職場だという事も忘れて悲鳴を上げた。
一拍置いてから、慌てて自分の口を手で抑える。ぅわあああぁああ!ベッドの上みたいな声出しちゃったよ顔熱い恥ずかしいぃいいい!
「…出るぞ」
「はい」
たぶん営業かなと、とにかくこの居たたまれない空間から逃げたくて私は用件も聞かず席を立ち、ルシウスに付いてオフィスを出た。
「……普通に声掛けてよ」
「二度程掛け、気づかなかった結果だが?」
「…」
はい、完全に私が悪いね。
…てか、普通に付いてきちゃったけど、私ルシウスと気まずいんだよなぁ。移動の間無言はキツイ。でも今すぐ普通に喋るのはさすがに無理だ。
いいや、ひたすら仕事の話しよう。
「今日、営業何処行くの?」
「営業?」
「え、あ、営業じゃなかった?」
なら、私とルシウスだし…ああ、この前決定した企画に必要な機材の手配?確認とか?
「さぁ、なまえは何処でがいい?」
「は…?」
何処で、がいい?
「部長とこの仕事の話してたんじゃないの?」
「仕事?お前が体調が悪そうだから、ノルマの終わった私が送って来るという話をしていただけだが?」
「…へ?」
体調が悪そう?誰が?
…あ、でもそれなら変な声出したのも皆に納得してもらえ…ないですよね、やっぱり。
「…じゃあ、それこそ家まで送ってくれるんじゃないの?」
「なんだ?体調悪いのか?」
悪くねぇよ。ルシウスが言ったんだろ。
「まぁ、そうだな。じゃあなまえの家にしようか」
「うん…?」
物凄く言葉に引っ掛かりを覚えつつも二人並んで歩く。
途中で本当に具合悪いんじゃないんだから姿現しで家に行けば良かったことに気付いたけど、ルシウスと居る時は少しでも一緒に居たくていつもこうだったから違和感を感じなかったんだと、要らないことにも同時に気づき泣きたくなった。
「…で、何で今私は自分の部屋のベッドに押し倒されてる、のかなぁ?」
なんて言っている間にも脱がされて、あっという間に一糸纏わぬ姿にされた。
…家に着いて、そのまま半ば無理矢理ルシウスも家に入って来て、私が慌てて追い掛けたら寝室に居て、追いついた瞬間ベッドの上に投げられた。…いや、だから何で?!
「ひゃっ!ぁ、あ、待ってルシウ、…ぅあっ!」
ルシウスが巧いのも勿論だけど何度も身体を重ねたせいで弱いところを知り尽くされている。
私は巧みに動くその指に翻弄され、喘ぐしか出来なかった。それをルシウスは愉しそうに見ながら容赦なく私を攻める。捨てたはずのいつもの光景。
ちょっと待ってよ。私は幸せ壊す度胸なんて無くて、だから終わりにって言ったじゃない…っ!
私は指だけで一度イかされ、肩で息をしながらも口を開いた。
「はっ…はっ!ル、」
「逃げるな」
私の言葉を聞く気が無いとばかりに遮り、ギラギラした目の癖に痛いぐらいに優しく口づけてきたルシウスに、私は悟った。
なんだよ、最初から後戻りさせてくれる気無かったのかよ。
今から奈落に堕ちていくと知りながら、ルシウスの青い瞳に映る私の顔は、何故か笑っていた。
お題:
hakusei様より
一周年お礼フリリク。くまの様へ贈呈