私が男に生まれていて、それで幼い頃から強さを追い求め、それなりの実力と高いプライドを有していたなら、
幸せにはなれたのだろうか。
「弥鱈さん」
名前を呼べば、すっと視線を動かして弥鱈さんの視線は私の顔の右横で止まる。
弥鱈さんが私を見ないのなんていつものことだ。気にしていたらキリがない。弥鱈さんは、人を見ない。…一部の特別な人間を除いては。
「何?」
感情の無い瞳は、私を視界の隅にしか映してくれない。
おかしいなぁ、一夜を共にしたどころか何回も寝てる関係のはずなんだけど。…本当、上の人間の高いプライドへし折るのにしか興味がない。
「まだ此処にいてもいいですか?」
現在地、弥鱈さんの家。一応適当でも食事を取って睡眠はしているらしい、とぐらいにしか生活感を感じない家だけど、それでも弥鱈さんの家。
弥鱈さんは今から出掛ける。今までは、それが何時如何なる時でも弥鱈さんと一緒に家を出た。賭郎なんて職業上、弥鱈さんのいない家にいるのは駄目だと思って。合い鍵なんて貰えるわけないし。
私は真っ直ぐに弥鱈さんを見た。弥鱈さんは私を見ないまま、口を開く。
「どうぞ。出る時は鍵気にしなくていいから」
呆気なくそう言って、弥鱈さんはいつも通り唾で風船を作り、飛ばした。
私のすぐ横で弾けたそれに意識を取り戻した頃には、もう弥鱈さんは玄関にいた。
「じゃあ」
ぱたん。ドアが閉まる。弥鱈さんが出て行った。
なんて、呆気ない。思わず乾いた笑いが口から洩れる。
確かにそんなに広くないくせにこの家、セキュリティ管理はバッチリだけど。私、そんなに信用されてる?
嘘。そんな風に考えられる程馬鹿じゃない。
単純に、この家には重要なものなんて何一つ無いんだろう。此処は、弥鱈さんにとってただ寝食をするためのどうでもいい場所。
いっそ、駄目だと言って欲しかった。
男にはなれなくても、もっとずっと小さい頃から強くなろうと努力していればよかった。
弥鱈さんよりは弱くても、矜持だけは一人前で、多少偉くて――そしたら、一瞬だけでも、それが嘲るだけのためでも、私を見てくれたのに。
やっぱり、どうせ、知ってたけど。私に興味なんて持ってくれないんですね。
貴方は揺蕩うことを好み私は其れに不安ばかり募らせて貴方に似つかわしい首輪ばかり求め漁っている例えばこの手に首輪を持っていたとして、弥鱈さんにそれをつけられたとして、彼はやっぱり私を見てはくれないだろうけど。
ただ、彼にとって都合が良かっただけの私の価値が消えるだけ。
それだけ。
お題:
hakusei様より