久々知と鉢屋
2011/05/26 21:47

久々知と鉢屋

―・―・―

気にくわない奴がいる。
いっつも狐の仮面を付けてて、ひとりでこそこそしてる奴。
今まで関わることなんてほとんどなかったけど、なんか、気にくわない。
なんで、だろ。
気になる。なんか、気にくわない。

〇〇

嫌な奴がいる。
となりのい組のゆーとーせー。確か、名前はくくちへいすけ、だったはず。いっつも睨んでくる嫌な奴だ。
ひとなんかと関わりたくないのに不破やら竹谷やらがよってくるのはぜったいあいつのせいだ。絶対、そうに違いない。
……嫌な奴だ。
だって、胸のあたりがもやもやするんだ。

〇〇

気にくわない奴が、ひとりじゃなくなった。
そしたら、気にくわない奴が、狐の仮面を外した。
ろ組の、ほわほわした奴と同じ顔だった。
…あれが、素顔?
いや、ちがう。変装、だ。
…なんだよ、あれ。
狐の次は他人の顔かよ。
……気に、くわない。

〇〇

雷蔵は、良い奴だ。顔を貸してくれたもの。ついでに竹谷も良い奴だ。わたしを拒絶しないから。
…でも、あいつは嫌な奴。
なんで、睨むの。わたしはお前に何もしてないじゃないか!
嫌な、奴。

〇〇

やめろ、って言われた。
ろ組のほわほわした奴とぼさぼさ頭の奴に、言われた。
さぶろうをいじめるなって、なんだよ。なんのことだよ。
おれはなにもしてないないじゃないか。
むかつく。
なんなんだよ一体。さぶろうって、誰だよ。
知らない、そんな奴。
知らない。

〇〇

嫌な奴が睨んでこなくなった。
というか、嫌な奴をここ一週間ほど見てない。なんか、変な気分。
雷蔵と八左ヱ門が、わたしをいじめる奴をこらしめたと言っていた。
なんのことだろう。

〇〇

むかつくむかつくむかつく。
なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよっ。
おれはなんもしてないじゃないか!
なのになんで?なんでなんだよ。
さぶろうをいじめるなって、何?
意味わかんない。
嫌だよ、嫌だ。
……さぶろうって、誰。
××××。
……あれ?

〇〇

い組の奴が、倒れたって、先生が話してた。い組の、ゆーとーせーが倒れた、って。
…あいつだ。
その話を聞いた雷蔵と八左ヱ門が慌ててた。
……こらしめたという奴は、あいつなの?
雷蔵と、ハチは、痛そうな顔をした。

〇〇

目がさめると、学級委員長がいた。
学級委員長はすごいほっとした顔をして、昨日からずうっとねむってたんだよ起こしても起きなくてね心配したよ、目がさめてよかったおなかへってない?大丈夫?、とひといきで言いきった。
よくわかんなかったけど、うなずいたら学級委員長はにっこりうれしそうに笑った。
……なんだ、これ。
…あ。おなかがなった。

〇〇〇

雷蔵と八左ヱ門が慌てて教室から出ていく。
謝ってくる、って言ってた。
……こらしめた奴って、やっぱりあいつなのかな。
雷蔵と八左ヱ門が、こらしめてくれたから、最近はあいつを見なかったのかな。
二人が、こらしめたから、あいつは倒れたんだろうか。
……だとしたら、あいつが倒れたのは、わたしのせいなのかもしれない。
そうだったら、……どうしよう。

〇〇

食べたいのに、食べられなかった。
学級委員長がかゆの入ったさじを差しだしてくれて。口に近づくまえまではおいしそうだったそれが、きゅうに怖くなって。
…ここは、家じゃないのに。
ぽかんとした学級委員長。落ちたさじとさんらんしたかゆ。
あやまらなきゃ。だめな事をしたんだからあやまらなきゃ、いけないのに。
怖かった。
……怖、かった。

〇〇


「…ぅわっ」
「…っ」

どしんっ、と廊下の曲がり角で誰かとぶつかり、尻餅をついた。咄嗟に目をつむってしまって、誰とぶつかったのかわからない。小柄だ、ということは何となくわかったけれど。

「あいたたた…。うー…ごめんね、君大丈夫?…って、あ!君!安静にしてなきゃ駄目じゃないか!」

目を開けて顔を上げれば、そこにはついさっきまで保健室で寝ていた筈の後輩。髪も結わず、着ているものも薄手の着流しのままの後輩に僕は思わずきつい口調で責め立てた。
後輩はびくりと肩を震わせて、固まった。何かを、酷く怖がっているような様子だった。
けれども、僕の口は止まらない。

「あのね、そんな恰好で歩き回ったら風邪ひいちゃうよ。君自分が倒れたってわかってる?もっと大人しくしてないと」
「……っ」
「駄目…あっ!こら!駄目だってば!」

後輩はパッと立ち上がると、踵を返して駆け出した。裸足のままの後輩は、さっきまで眠ってたとは思えないほど素早く動いて、座り込んだままだった僕は、すぐに動くことができなくて、そのまま後輩を見失ってしまった。もう二年生なのに情けないと思うけど、あの子を見逃すことは、保健委員として許せない。
僕は後輩が向かったと思う方向へ駆け出そうとして、

「久々知っ…わあっ」
「へ…うわあっ」

今度は別の子とぶつかった。


〇〇

ぜんぶが怖かった。
人がぜんぶ同じに見えた。
誰かとぶつかった。なにか言っていたけれど、頭がぐわんとなって、なにを言っているのかわからなくて。
怖くて、逃げた。
走って、走って、走って。
――あ、きつねがいる。

「――――――っ」

ぶつり、とまっくらに。

〇〇

がさがさと茂みが揺れたと思ったら、黒いなにかが飛び出してきて。
あ、と思った。い組の、ゆーとーせーじゃないか、って。裸足で、着流しのままの姿で、そこにいて。思わず、何してるんだって叫んでた。
そしたら、ゆーとーせーの大きな黒い瞳がぼうとわたしを見て。そのまままるで糸が切れたかのように倒れ込んだ。……わたしの方に。
わたしと同じくらいの筈の体は想像したよりも軽かった。

〇〇

保健室は、からっぽだった。しきっぱなしの布団と、湯気のたつお粥の入った土鍋が、置きっぱなしになっているのに違和感を感じずにはいられなかった。

「…なんだよ。誰も居ないじゃねえか。…なあ、雷蔵。あいつ、長屋に居んのかな」
「…どうだろ、ひゃっ、何か踏んだっ」

一歩、踏み出してみたらべちょりと何か冷たい物を踏み付けた。布にじんわりと浸みてくるのが気持ち悪い。

「う…、やだなあ。気持ち悪い…なんでこんなところにお粥がこぼれてるの?」

べとつく粥を手ぬぐいで拭っていると、近くに割れた茶碗が落ちているのに気がつく。変だ、と思った。それは八左も同じらしく、珍しく険しい顔で僕を見た。

「……なんか、あったみたいだな」
「…うん」

僕たちは顔を見合わせる。



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