るーみく | ナノ



※死ネタ注意























目の前で桜が泣いていた。さっきまではポーカーフェイスの彼女に似合わず少し不機嫌な顔をしていたのに、彼女の目には涙が溜まっていた。思い返せば9時間ほど前に桜と喧嘩をした。いつもはどちらかが折れるので喧嘩に発展することは少ないのだが、その日は珍しくどちらも引かず、気分を落ち着かせるためにおれは黄泉の羽織を手に取り仕事に出かけた。
桜は高校を卒業してからというものの、霊視の力を少しずつ失い、今ではもうほとんど見えなくなっているようだった。だからおれは彼女の前ではあまり羽織を羽織らないようにしていた。またあの頃のように彼女の目に自分を映してもらえないのはごめんだった。でもその日は違った。おれは彼女の目に映らないようにあえて羽織を羽織り、あえて死神業に出かけたのだった。その時にあの悪霊とは出会った。
高額の報奨金がつけられていたその悪霊は普段の冷静な自分なら手を出さなかったと思う。それくらいあの悪霊を纏う気はおどろおどろしかった。しかし、冷静な思考が欠如していたあの時の自分はそんなこと考えもせず死神の鎌を振るった。
頑張った。最後の最後まで頑張った。持てる限りの力を振り絞った。だから未練なんてないはずなのに、それなのに、どうしておれはここでこうして自分の体と泣いている真宮桜を見下ろしているのだろうか。彼女の目は霊体化している自分を映すことなく、魂のない、自分の体を映している。

(違う、真宮桜。おれはここにいる)

そう口に出したものの彼女には届くことはなかった。当たり前である。言葉は溢れてくるのに、彼女には届かないということがひどくもどかしく感じた。

「六道くん、なんで……」

彼女は病院の白いベッドに横たわった自分を見下ろしていた。それをおれは上から眺めていた。
今までたくさんの霊の未練を聞いて、成仏させてきたが、まさか自分がこんなに未練を残すことになると誰が予測しただろうか。上からじゃ桜の顔はよく見えなかった。ただ、泣いていることだけが雰囲気から感じ取れた。

「六道くん。もしかして、この部屋にいる……?」
「!」

桜はふと顔を上げてキョロキョロと辺りを見回すが、やはり視線が自分とあうことはなかった。

「ねえ、六道くん。私、今すごく後悔してるんだ。私、私ね。六道くんが隣にいることがずっと当たり前だと思ってた」

そんなこと、おれだって同じだ。そう口に出しても彼女には届かない。彼女はおれのことに気づかない。その事実がとてつもなく自分を空虚にさせた。

「でも、そうじゃないんだね。当たり前なんて突然、こんな簡単に終わっちゃうんだね。あとになって悔やむくらいなら……こんな……」

彼女のその言葉で気がついた。おれが残しているのは未練ではなく後悔だ。生きて彼女に見てもらえているうちに、どうして彼女にちゃんと思っていたことを伝えなかったのだろう。その後悔が未練に繋がっているのだ。
桜の綺麗な瞳からころりと涙がこぼれた。りんねはそんな彼女の頬をそっと撫でる。仲直りの気持ちをこめてそっと唇を押し付けた。感触はなかった。



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