<粉雪>
空から粉雪が降ってくる。
吐き出した息は白く、宙へと消えていく。冬島が近い証拠だった。生まれ故郷にも似た寒さが肌に沁みる。
暦の上では、明日はクリスマスだ。ここ最近、ローはどうすれば名前を喜ばせることができるのか、と悩んでいた。そして考え出した結論が、街のイルミネーションを見せてあげるということ。
女はキラキラしたものに弱い。ただの人工的な光の集まりが素敵、とはあまり思えないがペンギンに聞かせてみたところ、名前には一度行ってみたい場所があるらしかった。
「寒いな。」
目の前にうっすらと見えた島。それが名前の行ってみたいと言っていた場所だ。
「船長、なんか嬉しそうですね。」
ペンギンが後ろからやってきた。彼の息も白く宙に溶けていく。
ローにとって冬島は特別だ。全てが始まった思い出の島。いい思いでも思い出したくもない思い出も、全部詰まっている。
「そうか?気のせいだろ。」
「そうは見えないですけど。名前ちゃんが喜んでくれたらいいッスね。」
「...そうだな。」
ペンギンは小さく笑う。
舞い落ちる雪が一つ、また一つと服に付着していく。その光景はまるであの時のようで。頭の中に響く叫び声と雪の上に咲いた紅い華が、焼き付いて離れない。
「船長?」と呼ぶペンギンの声で、ローは現実に戻された。
(そう言えばお前と会ったのも、冬島だな。)
シャチに会ったのも、ベポに会ったのも冬島だ。もう忘れろ、と心に念じる。そうだ、今とあの時は違う。
ローはペンギンに小さく微笑み返した。
「ね、船長。もうすぐで島に着きますけど、今日は自由行動でいいッスよね?」
「あぁ。なにか用でもあるのか?」
「いやー、まァ...ちょっと。」
「面倒事だけは起こすんじゃねぇぞ。」
パァっと明るくなるペンギンの顔。今にもスキップしそうな勢いで船の中へと戻っていった。
(また何か考えてやがるな。)
だが、一年に一度のクリスマスだ。自由気ままにさせてやるのも悪くない。ローは名前と一緒に過ごせればそれで満足なのだから。
島に着いたら名前へのプレゼントを買いに行こう。パーティーの準備はペンギン達が適当にやってくれるだろう。もののついでだ、街の中も見てみるか。
ローは嬉しそうに島を見つめた。
*
そしてクリスマス当日。
「これはそっちに飾ってー!これはこっちね!!」
名前の嬉しそうな声が船内に響く。
「名前ちゃん、やけに嬉しそうだな!」
「シャチにベポ!嬉しいに決まってるじゃない!クリスマスだよ?みんなとパーティーするのって絶対楽しいと思う。」
「キャプテンへのプレゼントはもう用意できたの?」
飾りつけをしながら、ベポが名前に話しかけた。綺麗に飾りつけられた中にポツポツといがんだ飾りつけが並んでいる。誰がそれを飾りつけたのかは言わないが、リボンの端にうっすらと肉球の跡が浮かんでいた。
「それがさー。ローって何が欲しいのか分からなくて。これが終わったら、もう一度街に行こうかなって思ってるんだけど...。」
「そうなのか!?じゃあ、ここは俺たちに任せて名前ちゃんは街に行って来いよ!」
「うん、そうだよ!キャプテンもいろいろ楽しみにしてるみたいだからさ!!」
「ローが?んー...、じゃあお願いしてもいいかな。私、街に行ってくるっ!!」
ありがとう、と二人に声を掛けて名前は走り出す。
部屋に戻り、ハートの海賊団のジョリーロジャーが入ったコートを着ると、街へ行くために甲板に通じる扉を開けた。
「あれ?」
名前は目を見開いた。少し離れた海の上に、大きな船が見える。まさか敵か?
「もう、やめてよっ!!こんな時にっ!!」
急いでドアの横に引っ掛けてある望遠鏡を手に取る。敵船ならば、すぐさまみんなに知らせなければならない。そうなるとせっかくのクリスマスパーティーが、台無しになってしまう可能性すらある。敵船じゃないことを祈りながら、名前は望遠鏡をその船がある方角へと向けた。
「あれは...っ。」
名前の手から、望遠鏡がスルリとすべり落ちる。その音に気付いたのか、扉のすぐ近くにいたペンギンが走ってやってきた。
「さっきの音...っ!名前ちゃん、どうしたっ!?大丈夫か?」
「ごめん、ペンギン。大丈夫っ!!それより、あれ...。」
「あれって?」
ペンギンは床に落ちた望遠鏡を拾うと、名前が指を指している船のほうへと向けた。そして確認すると、こりゃ大変だと呟く。
「船長に報告しないとっ!!」
これ直してて、と名前に望遠鏡を返すと大慌てで船の中へと走っていった。一人取り残された名前は、ただ船のほうを見る。
まさかこの島に来るなんて...。