<花の冠>
あれからシャンクスは名前に対し、自分の思いを伝えることはなかった。
だから二人の関係は変わることなく、いつも通りの何も変わらない毎日が続いていた。
しかし、名前の気持ちは確実に、ある一つの答えに向かっていた。
そんなある日のことだった。船の甲板で、海を一人見つめているシャンクスの横に名前が並ぶ。
「名前か。ちょうどよかった。少し聞きたいことがあったんだ。」
「そうなの?」
「前の海賊船を覚えているか?あの時、波が来て船が傾いた。あれは名前がやったのか?」
「うん。私は海の生き物とも話せるから、助けて貰ったの。」
名前は笑顔で答えたが、シャンクスは静かにそうか、と答えるだけだった。
また何か考えているのだろうか。
「ね、シャンクス。前言ってくれたことなんだけど...。」
「ん、何のことだ?」
名前は思い切って、ずっと考えていたあの話を切り出した。
少し言いにくいのか、視線は下を向いている。
「私さ。よく考えたんだけど今は誰が好きとか決められないし、そういうの考えられない。何ていうか...自分自身を見つめ直したいのっ!」
きゅっと力の入った拳。少し震えるその手は、名前がとても悩んだことを表している。
本当は前を向きたかった。
けれども目の前にいるシャンクスの表情を想像すると、顔を上げられなかった。
その時だ。自分の頭に重みを感じたのは。
ぐしゃっと髪の毛が絡まりそうなくらい、シャンクスの手が左右に動く。
「なァに、シケた面してんだ。今すぐに答えを貰おうなんて、誰も思っちゃいないさ。俺のタイミングが悪かったんだ。悩ませて悪かった。」
「それは違うよっ!私、本当に嬉しかった。でも、今は...。」
「一方的な言い方になったが、最後に決めるのは名前。お前なんだ。ゆっくり前に進めばいいさ。」
「シャンクス...ごめんね。」
「謝るな。」
「ごめ...っ。」
「ほら、また。」
再びごめんねと謝る名前を気付かせるように、名前の唇に当てられたシャンクスの指。
「ふふ、ほんとだ。シャンクス、ありがとう。」
そうして二人で笑った。
名前がまた悲しまないように、シャンクスは陽気に笑う。
その笑顔はやっぱり太陽のようで、名前を明るく照らす。
穏やかな海の青と、彼の髪の毛の赤のコントラストがとても綺麗だった。
*
月日は流れる。
あれからもう少しで、2年が経とうとしていた。
名前は相変わらずシャンクスの船に乗り稽古をつけてもらいながら、誰かを守るために海賊と戦っている。
「お姉ちゃん!ありがとうっ!!」
「いいのよ。もう大丈夫だからね。この旗が貴方たちを守ってくれる。」
大きな旗が音をたてて風になびいている。
その旗には、大きく赤髪海賊団のドクロのマークが描かれていた。
この島は赤髪海賊団の縄張り。だから誰も手を出すな、そんな意味を込めてそびえ立つ。
白ひげのいなくなった今、世界の均衡が崩れ心無い海賊たちがのさばる島が増えてきている。
いつも犠牲になるのは、力のない弱い者達だ。
シャンクスは平和を好む男だ。立ち寄った島が荒れていると、この島のように海賊たちを倒し、旗を掲げた。
「じゃあね。私たちは行かなきゃ。」
「本当に助けてくれてありがとう!これ、作ったの。お姉ちゃんにあげるねっ!」
可愛い小さな女の子から手渡された色鮮やかな花の冠。
海賊に荒らされた土地で、これだけたくさんの花を見つけるのはとても難しかったことだろう。
泥まみれになった小さな手から、それが痛いほど伝わってきていた。
「綺麗...。大変だったでしょう?」
「つけてあげる!」
名前はその場にしゃがみ、目を瞑ると女の子がつけてくれるのを待った。
(幸せが訪れますように。)
待つ間、その子の幸せを願う。
「できたよ!また絶対、絶対この島に遊びにきてねっ!!」
*
遠く続く地平線。空はいつしか赤く染まっていた。
「ほら、夕刊だ。また懸賞金上がったぞ。」
シャンクスが新聞を片手に、さっきの島が見えなくなっても海を見つめる名前に手渡した。
新しいリストは、懸賞金3億ちょうどだ。
「すごいな。」
「ほとんどシャンクスの名前とか、危険因子が理由だけどね...。」
名前が小さく笑う。そこには嬉しい気持ちや、呆れた気持ち。
いろんな気持ちが含まれていた。
誰かのために戦う。シャンクスやローの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。
守るものがあると、人は強くなれる。
シャンクスの目線が、名前の頭に飾られた花の冠に向けられた。
お世辞にも上手とは言えない形だが、出発する前の少女が思い出される。
あの子はとても素敵な笑顔をしていた。
「それ、似合ってるぞ。」
「ありがとう。とっても気に入ってるの。」
そう言った名前の笑顔も、あの子に負けないくらい輝いていた。シャンクスはそれが嬉しかった。
*
同じくグランドラインのとある島。ペンギンがローに新しいリストを手渡す。
「船長。また額上がりましたね。」
「そうだな...。」
ローは静かに部屋の壁に貼られたカレンダーに目をやる。
「そろそろだ。船の進路を変える。」
「ということはっ!!」
「クク、その通りだ。」