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 私はおそらく、長曾我部元親という男が嫌いだ。

 いい加減で、大雑把で、イライラする。声も図体も無駄にでかいのが嫌。落ち着きがないし、領主らしくないのが嫌。私のことを気にかけて、馴れ馴れしいのが嫌。あの、眩しいほどの笑顔が、嫌。

 きっとあの男は、裏切られたことも、苦しんだことも、人を憎んだこともないのだろう。私と同じ領主という立場のくせに、幸せそうに笑うのが憎い。私の生きてきた道を、すべて否定するような、あの男の存在が私は許せない。

 鶴姫と出会い、心のありかを指摘されてからというもの、自分の感情を意識してしまって、些細な感情の揺れで苛立つ。その感情のほとんどは長曾我部に向けられるもので、それがさらに私は気に食わない。

 本当は自分に苛立っているのだ。でも、あまりにもあの男が私の心を乱すから。責任転嫁をしてしまう。些細な感情の揺れは、つもりにつもって激しい感情へ育っていく。それが私は嫌で嫌で仕方なかった。

 早くここから離れなくてはいけない。私は私でいられなくなってしまいそうだから。毛利元就でなくなってしまいそうだから。

 しかし、こんなことを考えるのはもうすぐ終わりになりそうだった。朝、長曾我部軍の兵士たちが、ようやく漁ができるようになったと話していたのを聞いた。船が出せるようになれば、私は中国へ帰ることができる。こんな落ち着かないところからは早くおさらばしたかった。

 私はそれを聞いてからそわそわしてばかりだった。早く港へ出て帰りの船を見つけたい。

 しかし、それをするにはこの城を出て行かなくてはいけない。一言くらいはここの城主に声をかけておかなくては。私は広い城内を長曾我部を探して歩き回った。

 今日も四国は暑い。乾燥した熱風が吹き抜け、大地は強い陽ざしでゆらゆらと揺れて見えた。こんな時ばかりは日輪が少し顔を隠してくれないだろうかと思う。中国の雪の多い山の中で育った私の体はいまだこの四国の暑さに慣れない。慣れる前に帰ってしまいたい、というのが本音であった。

 ふらふらと歩き、適当な兵に声をかけ長曾我部の居場所を聞けば、今は広間にいるだろうと簡単に教えてくれた。兵たちは私が中国のものだと知っているはずなのに、私が城内を歩き回るのを止めようともしない。城主がいいかげんならば兵もいいかげんになるのだろう。私はこうはなるまい、とこっそり心の中で思った。

 教えられたとおりに進んでいくと、向こうの方からここ数日で聞きなれた声が聞こえてきた。苛立ちを含んだ声に、取り込み中かもしれないと思い、踵を返す。ゆっくりと歩いていると後ろからばたばたと煩い足音が聞こえた。私は何事だろうと、振り返る。そこに、渋い顔をした長曾我部が歩いてきた。

「松寿……」

 ゆっくりと長曾我部は私に近づき、すぐそばで立ち止まった。私は頭一つ分高い男を見上げる。

「落ち着いて聞けよ」

 男は私の肩に手を乗せて言う。私はその言葉に、嫌な予感しか感じられなかった。次の言葉を話そうと男がすっと息を吸う。その一瞬が異常に長く感じた。

「中国から国交が断絶された。こっちから船は出せねぇし、船も来ない」

 カシャン、と何か繊細なものが壊れてしまったような、そんな音を聞いた気がした。なんて、運が悪い。天から見放されているのではないかと、そんなことばかり思う。

 私はしばらく何も言えなかった。長曾我部の目つきが鋭くなる。こんな顔もできるのだなぁ、と全く関係のないことを私は考えた。

「俺は、なんで中国がこんな決断をしたのかわからねぇ。あんた、中国の人間だろ? あんたの考えがききたいんだ」

 長曾我部の青い目が、ギラギラと嫌な色に変わったような気がした。これが鬼の目だろうか。こんな男でも、守るべきものを守るときには必死になるのだな、と少し考えを改めた。

 私は、だいたい何故このような状況になってしまったのか予想がついた。そして、この決断が中国にとって何の利益にならないことも知っていた。

 中国にこの身あらずとも、私には中国を守る義務がある。私が今すべきことは、中国に帰れなくなったことに落ち込むことではない。私が今すべきことはおそらく、この男に協力して中国の誤解を解き、本当の瀬戸内を荒らす海賊を捕まえることだ。

「……我が話せることならば、協力しよう」

 私がそう言うと、長曾我部は口端を吊上げ笑った。ぐっと腕を引かれる。私は鬼に手を引かれ、おそらく鬼の子分たちが待つ広間へ悠然と入っていった。


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