02

 長く戦乱が続く中国は、おそらく日の本一の激戦地であった。尼子、大内の二大勢力と、数多の小領主がひしめき合う、争いの絶えない地。下剋上は横行し、二大勢力にまで伸し上がった尼子でさえ、主を殺した成り上がりである。この地では、信じれば騙され、守らなければ奪われるのは当たり前の事であった。

 思えば、この地が毛利元就と言う一人の武将を育て上げたのだ。誰も信じず、家を守ることだけを考え、心を殺し、領主として生きる。そんな人間だったから、私は勝つためであればどんなことだって出来た。騙すことに躊躇することはなかった。

 例え味方の兵であろうと必要ならば平気で捨て駒にした。一番その時に適切な命をひとつ、またひとつと選んで消去っていく。もうこの生き方に疑問を持つことは無かった。

 中国全てを手中に収め、一躍毛利の名を天下に知らしめた。私は間違ってなどいない。この家が、名が、それを証明してくれる。私はさらに、この家を守るため腐心するようになった。

 世間では私のことを類稀なる知略を持つ名将であると称賛する。その一方で、兵を物のように扱う、心ない冷酷な男だと評価した。詭計智将などと呼ばれ、馬鹿馬鹿しいと思う。他人の評価など、私にはどうでもよかった。罵られようとも、毛利は確かにこの中国の勝者であることに変わりはない。褒められたところで、私の人を駒のように扱う生き方が変わったりはしないから。

 たとえどんなに私自身が酷い領主であったとしても、税が低く、政治がそこそこで、平和でさえあれば民は何も言うことはない。国が安定していれば家も安定する。幸い、私の周りには政治が上手い人間が多い。志道は長年培ってきた経験があり、晴久はあれでなかなか柔軟な思考の持ち主で私の言うことをよく理解してくれる。隆元も努力家故に、家臣たちからの信頼も厚く、皆に気に入られて上手くやっている。吉川も小早川も、その他の家臣たちも、毛利に良く尽くす。

 私が彼らの居場所を保ってさえやれば、彼らは彼らで上手くやっていくのだろう。この地に降りかかる火の粉を払ってやれば、私がこの中国の平和を保障すれば、この地も家も安泰なのだ。私が血にぬれた道を歩もうとも、私はこの国が、この家が安らかであれば、それでよかった。


 こつこつと足音を鳴らして、私は厳島を歩いていた。少し前に小さな戦があり、その戦勝祈願をしてもらった、そのお礼参り。

 楽な戦だった。あちらに勝ち目など、万が一にもなかった。それでも戦わなければいけないようにしたのは、私。毛利に刃向うとこうなるのだという見せしめの意味もあり、酷い戦だった。

「松寿」

 名を呼ばれ、私は振り向く。晴久が、私の後を追ってやってきた。

「お前、この前の戦……前線に出なくてもよかっただろ」

 潮風に、彼の髪が揺れる。確かに、先の戦は私は前に出た。誰かに任せていても勝てるような戦で。

「なんであんなことしたんだ? お前らしくない。怪我でもしたらどうするんだよ」

「……そなたは我が、ただの兵卒に後れを取るとでも思うておるのか?」

 晴久の問いを、私は適当にごまかした。どうして無茶をしたくなるのか、私にも分からなかった。時々、無性に死地に立ちたくなる。死にたいわけではないし、戦が好きなわけでもない。血や火薬、肉の腐る臭いは不快だ。なのにどうしてだろう。心の底では、平和を求めていない私がいる。私は戦場に立つべきだと、考えている私がいる。

「違う、そういう事じゃねぇよ。……お前を心配してるんだ、俺も、皆もさ」

 私は晴久の言葉をぼんやりと聞いた。それは違うと、思う。私がいなくなれば、毛利の力が多少なりとも弱くなる。彼らは私を心配しているわけではない。今の自分の立場が危うくなるのを恐れているだけ。彼らはそれに気付いていないのだと、思う。

「心配などいらぬ。我はそう簡単に死ぬようなことはない」

 そう言って、私はまた歩き出す。波の音に混じって、小さくため息が聞こえた。


 最近、自分でも分かるくらい感情の波がやってこない。冷たい顔を作るのに慣れてしまったからなのか、心まで凍てついてしまったのか、よく分からない。

 でも、領主には心はいらないから、別にいい。心があれば欲が出る。欲が出れば国をむしばむ。いいではないか、この家と国が末永く平穏であるのなら。

 私は駒だ。この家と国を守るだけの。それでも、駒である限り、私には生きる意味がある。私の生には、確かに意味がある。


[2/38]
[/]


[しおりを挟む]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -