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 中国の中心に横たわる、山陰と山陽を隔てる中国山脈。冬には日本海からの湿気を帯びた雲がぶつかり、多くの雪を降らせる。その山脈のある谷で、毛利と尼子はぶつかった。

 大雪が降れば、おそらく両軍ともに退路が塞がってしまうであろう山中で、どちらも自らの領地へ兵を入れさせまいと、退くに引けない戦いが始まった。旧大内領を支配下に置いた毛利はすでに尼子と並び立つほどの勢力へと成長している。故に互いの力は拮抗し、すぐに決着がつくことはなく、戦は泥沼化していった。

 季節は冬に変わり、雪がちらほらと積もるようになった。鈍く光る輪刀と肩を寒さで揺らす。ぱらぱらと細かい雪が目の前に落ちてきた。私は山の中腹の高台から戦場となっている谷底を見下ろして考える。

(今日も尼子は退く気配なし。さて、どう区切りをつけるか)

 長期化した戦に、ちらつく雪。疲れと寒さ、兵たちの士気は下がる一方だ。毛利の兵には雪に慣れていないものも多くいる。このままでは明らかにこちらが不利。

 さらに厄介なのは私と尼子の戦闘の型が似ていることだった。尼子経久という同じ師を持った私たちは、お互いに次にどう攻めるか、どう守るのか分かってしまう。余裕がなくなれば、経験の少ない私たちはさらに基本に忠実にならざるを得ない。もう一度策を練り直し、仕切り直しをしたいと思うのはおそらくあちらも同じはずだ。

 雪山で全軍遭難など、愚かなことはしたくない。戦闘の続行はもう不可能だ。多少毛利が押している今、こちらから一時休戦を持ちかけるべきだろう。私は戦況をもう一度確認し、後ろに控える志道に声をかけた。

「志道、一時休戦よ。紙と筆を用意しろ」

 志道は頷き、そそくさと陣へ戻っていく。私はしばらく谷間を眺めた。雪が地面を覆い、倒れた人間に雪が降り積もっている。私の手の上に落ちてくる雪はあっという間に溶けてなくなる。

 雪にに埋もれていく彼ら。それをただ眺める私。家のため国のため、死んでいく彼ら。家のため国のため、生きていく私。彼らは死んでいくのに、私はなぜ生きるのだろう。彼らも、私も、好きで兵になったわけでも、領主になったわけでもないのに。

 何故私は生きているのだろう。誰も答えてはくれない。私は目をそらし、背を向けた。

 また積もってきた雪を払っていると、強い風が吹いた。雪が舞い、あたりは真っ白になる。細かな氷の粒が、肌をかすめて痛い。普通の風ではないと、経験が告げている。輪刀を構え、臨戦態勢をとった。


 だんだんと風は弱まり、視界が晴れる。瞬間、私はここが戦場であることを忘れた。幼い頃の記憶と現実が混ざり合って、夢を見ているような気持ちになる。白の世界に鮮やかな唐紅が映える。

「経久様……?」

 差し出された手を、何も考えずに取った。ぐわん、と地に落ちた輪刀が音を立てる。懐かしい砂の大地、風の匂い。背にまわされた、腕から感じる温かな体温。

「このまま、夢に惑うか?」

 ああ、そんなことができたなら、どれだけ幸せだろう。何も見ずに、何も考えずに、全てを忘れて生きていけるのなら。しかし。

「所詮は夢……いつかは覚める」

 私はするりと腕を抜け、刃を拾う。灰色がかった髪と瞳。四つ目結の紋。

「貴様が、尼子晴久か。大将自ら、我の首を取りに来たのか?」

 輪刀を握る手に力を込めると、刃が淡く発光する。目の前の男は大げさにため息をついて見せた。

「なんだ、案外つまらない奴になったな。松寿?」

 昔の名で呼ばれると、調子が狂う。細められた目の奥の光が、私の記憶の中の経久様によく似ていた。身振りや表情、わざとやっているのだろうか。

「だいたい、お前の首を取っちまったら、じいさんから預かった勝負の報酬が無くなっちまう」

「預かった? 経久様から?」

 にやりと笑う表情に、上手くのせられたことに気付く。もう既に私たちの戦いは始まっていたのだ。

「嘘じゃねぇよ。家督を譲られたときに一緒に預かった。まあ、俺にも多少関係ある話だからな」

「……」

 どうしよう、何も言えない。心に引っかかっていた何かが、もうすぐ取れそうだ。ずっと大切にしてきた約束が、もう果たせないと思っていた約束が、果たされる時が来る。金属がぶつかる音と合戦の声に交じって、私の鼓動の音が耳のすぐそばに聞こえた。

「合戦じゃあ、勝負がつかねえ。お互いこれ以上時間をかけるわけにもいかない……」

 含みを持った言葉。完全にあちらのペース。多分、次に続く言葉を私は拒否できない。

 彼の足元で雪が音を立てた。冷たい空気に、チン、と刀をはじく音が響く。

「こいつで勝負しようぜ。真正面からの真剣勝負」

 いつの間にか雪は止んでいた。

「……良いだろう」

 私が承諾すると、彼は笑った。


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