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 気の早い蝉が鳴きはじめ、春から夏になる季節。季節の変わり目は風邪をひきやすい。実際に昨年私も季節の変わり目には風邪をひいているが、今年の私は冬に一度ひいているためか体調がいい。早寝早起きをしていることも理由かもしれない。戦国武将は体力勝負、健康体で長生きを目標に日々私は頑張っている。

「……29、30、っと」

 腹筋や腕立て伏せのノルマを達成して私はごろりと畳の上に仰向けに寝転がる。もう見慣れた天井が私の視界に入った。輪刀は重たいので腕に力がいる。こうやって少しは鍛えていないと、振り回せなくなっていたら困る。

 私は自分の二の腕のあたりを撫でてみた。全然筋肉がつかないのが悔しい。いろいろ工夫をしてはいるのだけれど。でも、若いうちに鍛えすぎるのは負担になるから、やりすぎは禁物だ。

(休養が足りないのか、栄養が足りないのか、体質か……)

 天井の木目を見ながらぼんやり考える。おそらく体質だと思う。父上も兄上もそんなに筋肉質な体ではなかった。それなのに、父上はどうしてあの輪刀を軽々と使っていたのだろう。何かコツがあるのか、体格の違いからくるものなのか。

 考え事をしていたら、少し体が冷えてきた。とりあえず汗の始末をしようと急いで着物を脱ぐ。袴はどうせあとでまた穿くからと畳の上に放置する。上衣に手をかけたところでふと気づく。

(ちょっと、膨らんできたかも?)

 私だって、こんななりをしているが生物学上は女なので、当たり前と言ったら当たり前。きっと大人になっていくにつれて、私だけでは対処できないことも増えてくるだろう。誰かに相談したいが、今私が接触できる人は限られている。

 選択肢は二択。私の事情を知っている男か、事情を知らない女か。

(常識的に考えて後者だよね……)

 杉様の顔が頭の中でくるくる回った。しかし、すぐに行動に移そうとは思えなかった。杉様は私が女であることを知らないはず。杉様の中では私は松寿丸という少年なのだ。

 もし、本当のことを言ったらショックを受けるかもしれない。女だから見切りをつけられるかもしれない。ずっと騙されていたと思うかもしれない。ぐるぐる頭の中でいろいろな考えが回って、台風のように不安が渦巻く。

(どうしよう……)

 結局その日、私は何も言えずに一日過ごした。


 朝だ。見慣れた天井の木目が私を見下ろしている。日の出はまだなのか、杉様は私を起こしに来ない。私は布団から這い出して大きな欠伸を一つした。昨日のトレーニングの疲れと悩んであまり眠れなかったので、まだ眠たい。ぐっと伸びをすると何となく違和感がすることに気付いた。

 ずっと昔に経験したことのあるようなこの感じ。もう絶対に杉様には隠し通せないと直感した。もうすぐ日が昇る。静かな朝だ。杉様の足音がゆっくり近づいてくるのが分かった。


 杉様が私を起こしに来たとき、私はもう半べそだった。何ごとかと志道を呼びに行こうとする杉様を必死に止めて、覚悟を決めてすべてを話した。

 話し終わると杉様は下を向いている私の頭を撫でて、笑ったようだった。
私が予想していた反応とかけ離れていたので私は狼狽する。

「今まで、辛い思いをなさったでしょう」

 杉様は私を撫でるのをやめない。しばらく撫でていると、両方の手で私の顔を上げさせた。杉様と目があって、なぜか私はじわじわと涙が出てきた。恥ずかしさとうれしさが混ざり合った変な気持ち。私はちょっと目をそらした。

「女の子が大人になるときは、お赤飯を炊かないと」

 ふふ、と杉様は笑った。私の成長を祝ってくれているのだと思うと、なんだか気恥ずかしい。前世も合わせたら、杉様とそう年も変わらないのに。杉様がいてくれて、本当に良かった。

 そのあと、着物やら何やら用意してくれた杉様は私のために繕いものを始めた。それを横で見ていた私に杉様は夢が叶いました、と呟いた。私はその言葉がどういう意味かよくわからなかった。


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