24

 目を覚ますと、見覚えのない天井が見えた。しばらく考えて、私は昨日城を追い出されたのだというところまで思いだし、横になったままあたりを見回す。

 畳は新しく、青々としていいにおいが部屋に広がっている。ここは客間だろうか、床の間にかかった掛け軸には鶴が二羽、松にとまっていた。

 布団の中から手を伸ばし、冷たい畳に触れた。だんだんと意識がはっきりとしてきて、昨日のことを思い出し始めた。

(ああ、そうだ。城に戻れないから、志道に匿ってもらってるんだった……)

 意識ははっきりとしてきたが、どうも頭がうまく回らない。無理に布団から顔を上げると、視界がゆら、と回った。頭がズキズキして、私はもう一度布団に顔をうずめた。

 風邪だ。昨日は寒いところに長時間いたから、体調を崩してしまったに違いない。いつもは朝の鳥のさえずりを聞くとすがすがしい気分になれるのだが、今はそのさえずりさえうっとうしい。私が乾いた咳をすると、隣の部屋で誰かの気配が動いた。

 音もなく襖は開く。そこからこちらの様子をうかがう女性の影に、私はひどく懐かしいものを感じて影に手を伸ばした。

「母上……?」

 ああ、情けない。ついに私は幻まで見るようになったのか。視界が回る。私は気持ちが悪くて、目を閉じた。手は影には届かず空をつかんだ。

 目を閉じると視界のゆれがなくなって、少し落ち着く。枕もとで衣擦れの音がして、額に冷たい手が置かれた。ひんやりとした体温が心地よくて、私はもう一度目を開ける。ドングリのような大きな目が私を心配そうに見つめていた。

「杉様……」

「熱がありますね」

 杉様の言葉に、やはりそうかと思った。杉様は泣きそうな目で私を見ている。なぜ、杉様が泣きそうな顔をしているのか私にはわからなかったが、いつだったか母上もこんな顔をしていたことを思い出した。私は誰かが隣にいるという安心感からか眠くなってきて、ゆっくりと眠りに落ちていった。


 目を覚ますとやはりあの天井が見えた。どのくらい眠っていたのか分からないが、朝よりは体調がいい。まだ頭は痛いが、視界が回ることはなくなった。鍛えていてよかった、なんてことを考えていると、視界の端で何かが動いた。

 視線だけをそちらに動かすと、杉様が私の布団の端で丸くなって眠っていた。ずっと一緒にいてくれたのだろうか。なんだか私は胸の奥があつくなって、起き上がって杉様の手に自分の手を重ねてみた。

 杉様の指は白くてきれい。刀を握る私の手とは全然違う。眠っている杉様に、私はそっとつぶやいた。

「杉様は、なんで一緒にいてくれるの?」

 血もつながっていない、他人であるはずの私にどうしてこんなに良くしてくれるのだろう。杉様が望めば、このような場所にいなくとも城に帰るなり、父上の死を理由に実家に帰るなりできるはずだ。

「もう父上はいないのに……」

 私を助けて何のメリットがあるのだろうか。杉様は武士ではないのだから、志道のように忠義に生きる必要もないだろう。父上が亡くなって、多くの人と同じように私と杉様のつながりはなくなってしまったのではないの?

 腕に力が入って、手が震えた。その拍子に杉様を起こしてしまったらしい。眠たそうな目で杉様は私を見て、あわてて身なりを整えた。

「松寿丸様、お体の方は……」

「もう、平気」

 私は視線を下に落として答えた。無理をしないでくださいね、と杉様は笑った。

 最初からわからない人だった。この人は私を可愛いと言った。あの時は変わった人だと思った。あの時はそれでよかったのに、今は不安で仕方ない。どこにもいかないで欲しい。だから、明確な答えが欲しい。どうしてあなたは……

 ふわっといい香りがして、杉様に抱きしめられたのだと気づいた。

「今日から私を母と思ってくださいね。弘元様に負けないくらい、私も松寿丸様を大切に思っていますからね」

 私はゆっくり杉様に身を任せた。杉様は私の背中をやさしく撫でる。

「今は風邪で、少し気が滅入ってらっしゃるのです。今日はゆっくり休んでください」

 杉様はそう言うと、何か食べるものを持ってくると立ち上がった。私は、どこにもいかないで欲しいと言いたかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。城から追い出されて、風邪をひいてしまって杉様の言う通り気が弱くなっていただけだ。今日は休んで、また明日から頑張ろう。不安をふりはらうように私は笑った。


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