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 自称父上の友人の経久様は変な人だ。自分の興味のないことにはまったくと言っていいほど関心がないくせに、一度興味を持つと何でも知りたくなるらしい。どこからか私の噂を聞きつけて、私に興味を持った経久様は父上に、私を連れてこいと文を送ったのだと後から聞いた。

 中国は今、尼子と大内が二大勢力である。小国の大名の毛利が太刀打ちできる相手ではないわけで、父上も断れなかったのだろう。友人だから、なんて建前で本当は毛利をつぶされるわけにはいかないから父上は何も言わない。私を尼子に預けたのも、そういった理由があるのだろう。まあ、父上が本当に信用できない人間に私を預けるとも思えないが。

 経久様はたいそう私を気に入ったらしく、様々なことを私に教えてくれた。政治、兵法、知識に関することが主だったが、『バサラ』を扱うコツも教えてもらった。あまりに熱心に教えてくれるものだから、自分の仕事はいつしているのだろうと私が心配になったほどだ。父上も教育熱心な部類に入るだろうが、上には上がいるものだ。

 そんな月山富田城での生活に違和感を覚えなくなったある日、私が三郎四朗を驚かせようと、先の手「発」を応用した踏むと癇癪玉程度の爆発が起こるブービートラップをいくつか仕掛けていると、私の後ろで経久様が罠にかかってしまった。私は真っ青になって、どう言い訳をすればこの場を切り抜けられるか考えていると、経久様は私の仕掛けた残りの罠を見て、くつくつと笑う。

「なかなかいい出来じゃねえか」

 私の心配をよそに、経久様は罠を見て感心していた。経久様は私がせっせと罠を仕掛けているのを見て、わざと踏んだのだ。しかも私に止められないように背後からこっそり近づいて踏むという念の入れように、私は呆れてしまった。私の焦りを返してほしい。確実に寿命が縮んだと思う。

 私は三郎四朗以外の人がこれ以上罠にかからないように、他の罠を撤去しようとすると経久様は突然私に問いを投げかける。

「松寿丸、『バサラ』の正体はなんだと思う」

「……わかりません」

 私は手を止めて考えてみたが、わからなかったので正直に答えた。経久様が指をくるくると回すと、風が渦巻く。

「『バサラ』ってのはなぁ、大陸の方で言う気ってヤツだ。気は力、そして強い意志で気を操る。普通の奴にはできない芸当だ」

 何となくしっくりこない説明だったが、とりあえず頷く。私に言わせれば『バサラ』はイメージだ。強く、よりリアルに思い描けば『バサラ』は発動する。経久様は続けて言う。

「気はな、普通ガキの頃は散漫するもんだ。三郎四朗もそこらの餓鬼よりはしっかりしてると思うが、おまえは特別だ」

 風の渦が大きくなって残っていた私の罠を壊した。ぽん、ぽん、と音がして光が消える。

「俺には、おまえが普通の餓鬼には見えねぇ。……松寿丸、おまえはいったい何者だ?」

 どろりとした視線が、私を捕えた。初めて会った時と同じ目だ。あんなに恐ろしいと感じた目で見られているのに、私は妙に落ち着いていた。いつかこの人ならば気が付くのではないかと感じていたからかもしれない。経久様と過ごすうちに、この人は特別だと、思った。膨大な知識、思考能力の高さ、刀、弓、馬、何をやらせてもそつなくこなす。このような人が天才というのだと、思った。

「われは松寿丸。…いまは、そう呼ばれております。」

 私は、一呼吸おいて、そう言って笑う。なぜ、こんな言い方をしたのか自分でもわからない。もしかしたら、誰かに千歳の存在を気づいて欲しかったのかもしれない。経久様はしばらく私を眺めていたが、ふっ、と笑った。

「俺は知りたがりでね。いつかその口を割らせてやるぜ」

 そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「お前がもう少し早く生まれてたなら、俺がもう少し若かったなら、いい勝負になっただろうがなぁ」

 経久様は呟いて、御殿の屋根につくられたツバメの巣をぼんやりと眺めた。ツバメはもう南へ帰ってしまったのか、からっぽで寂しい。秋が終わり、冬が来る。私も安芸へ帰る時が近づいていた。


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