07

 後から冷静になって、自分の行動を後悔しても遅い。人を率いる立場の人間が、優柔不断に考えを変えては混乱を招くだけ。だから私は間違ってはならない。国を守る者として、それは義務だと、そう思っていた。

「なんか……アニキがすみません」

 長曾我部についてきていた中島が、申し訳なさそうに私に言った。

 やはり、情とは人を狂わせる。私の行動は長曾我部の部下にまで異様に映っているようだ。今の私は、いつもの私じゃない。

「かまわぬ。アレがああなのは知っておる」

 私は冷静を装って言葉を返した。中島は、また申し訳なさそうに笑って振り返る。背後の長曾我部軍の者たちと主を失ったカラクリを見上げ、困ったように私を見た。長曾我部軍の者たちが同じような目をして情に訴えるものだから、私はたじたじしてしまった。

「何とかしてやってくださいよ。前も一緒に戦ったんですし……」

 どうしたものかと考えていると、毛利軍の中からも声があがる。意外なところから意見がでたものだから驚いて見ると、村上と目があった。彼は直ぐに黙って縮こまってしまった。

 周りの目もあるし、長曾我部には借りもある。村上に言われなくとも今の私に長曾我部軍を置いていく何て選択肢はない。

「我に従え。よいな」

 私が諦めたように言うと、長曾我部軍はわっと湧き上がった。もう行けるところまで行くしかない。長曾我部を追いかけると決めた時から、どこかでこうなると分かっていた。

 前方からは微かに戦の気配がする。もたもたしている時間はない。敵は待ってはくれないし、私は急がなくてはならなかった。

「……敵は既に伊予河野軍と戦闘を始めているだろう。急ぎ尼子の部隊と合流、その後敵を西へ攻め立てる」

 ぴりぴりとした空気が肌を指す。覚悟を決めて、行くしかない。

「行け! 中国を荒らす野蛮な賊共を、駆逐せよ!」

 私の号令に、男たちは雄叫びをあげる。先頭に立つ私を追い越して、一番乗りを目指して駆けていく兵士たち。私はそれをゆっくりと追った。


「兄さん」

 戦場へ走り続け、銃声がはっきりと聞こえるようになったころ、後ろから中島が声をかけてきた。もうとっくに先に行っていたと思っていたので、私は驚きながら振り返る。

 彼は鞘走りしない様左手で刀の柄を押さえ、私に近づいてくる。真剣な瞳だった。

「こんな時にあれだけど……アニキに協力してやってくれませんか」

 私は中島が何を言っているのか、最初分からなかった。そしてその意味に気付いた時、ふつふつと怒りに似た気持ちが湧きあがってきた。

「アニキにとって、サヤカさんは大切な」

「黙れ」

 最後までその言葉を聞きたくなかった。だから私は言葉を遮った。丁度いいタイミングで襲い掛かってきた敵を、力任せに薙ぎ払う。

 血飛沫が飛び散った。生臭くて不快だ。そう、私が不快な気持ちになったのは血を浴びてしまったから。汚らわしいと、自分の気持ちをすり替えて、私は前を見た。

「死にたくなければ、今は目の前の敵に集中せよ」

「兄さん……」

 背後で中島が、小さな声で私を呼んだ。でも、私はそれを聞こえなかったふりをして、走り出した。


 戦場の中で、見慣れた銀色を視界の隅に見た。私はあわてて立ち止まり、遠くに見えた銀へ駆けていく。

 砂埃が舞い上がり、良く見えなかった人影がはっきりとしてきた時、私はあわてて立ち止まった。その人は、私が思っていた人物とは全く違う人物だったから。

「ああ……、つまらないですね……」

 私に背を向けて、長い銀の髪の男は立っていた。嫌な空気をまとった男だ。二つの大きな鎌を引きずって、その男はぶつぶつと何かつぶやいている。

「……何が言いてえんだ」

「貴方には、興味がないのですよ。貴方は、斬ってもつまらなそうだ」

 気持ちが悪い男の向こうで、私は探し人の声を聞いた。でも、私は声を出すのを躊躇した。長い銀の髪の男から目が離せない。手足が震えた。

 砂埃がだんだんとおさまってきて、視界が晴れてきた。苦しそうに息をする長曾我部と、それに寄り添う鶴姫。長曾我部が伊予河野軍を守って壁がわりになっていたのだろう、怯えた声が聞こえてくる。よく見ると、私の足元にも人であったものの残骸が転がっていた。

「来ちゃダメですっ!」

 鶴姫が私の姿を見つけ、怯えたような声で叫んだ。長髪の男は、目の前に長曾我部がいるというのに、ゆっくりと私の方へ振り返る。

「おやおや、お友達ですか」

 そう言った男は、何とも形容のしがたい男だった。まとう空気は人間とは言い難く、幽霊にしては存在感があり過ぎる。ただ、ひとつだけ言えるのは、こいつはまともな思考回路はしていないのだろう、ということだ。

 私は鶴姫にそこから動くなと視線をやって、幽霊のような男を睨みつけた。これが、織田の差し向けた者。予想通りだったが、実際にあってみると想像以上だ。

「その姿……貴方は」

「毛利元就。日輪の申し子よ」

「ふふふっ、あははははっ!」

 男が問うので、一番望むであろう答えを返してやっただけだった。それなのに、この男は狂ったように笑う。私は別の意味で恐怖を感じた。

「何がおかしい。気色の悪い」

 長い前髪の奥から、青白い顔が覗く。印象的なのは口だった。血色の悪い、死人のような唇の色。

 その唇が、初月のように歪んで、みつけた、と言葉を紡いだように見えた。

「さあ……私を、楽しませてください。元就公」

 ぞわり、身の毛がよだつ様な殺気をまき散らして、幽霊男は鎌を振る。その時、一番彼に似合う言葉を見つけた。

 この男は死神だ。


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