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 北九州の海に面した地に、ザビー城なる城がある。忍たちの調べてきた情報によると、その城は初めはその地の領主から与えられたものだという。信者はその城のまわりに街をつくり、その一帯は完全にザビー教の巣窟となっているらしい。しかし、今は領主も変わった。大きな顔をしている宗教者たちは煙たがられていると聞いている。

 私はその国の領主に一言断りをいれ、海沿いにザビー城へと進軍した。長曾我部はそういうことを気にしないが、私は気にするのだ。なるべく敵は作らないほうが好ましい。

 ザビー教の頭をしているザビーという男は、自らを祭り上げる宗教をつくりあげ、詐欺まがいのことをしている男らしい。愛という言葉をつかい、巧みに人の心に入り込み、信頼させて金品を差し出させる。少し考えればおかしいと思えるはずなのだが、愛と自分を信じこませて思考をさせないようにしているから、人は騙されたことに気づかないのだ。

 私は宗教など、信じる者がそれで良いと思えるならば、心の拠り所となるのなら何をしていようと構わない。たとえ信者が不利益を被ろうと自業自得。それが良いと信じ、行動してきた結果にすぎない。

 しかし、今回は違う。彼らは他者を傷つけ、強奪をした。どんな理由があれ、信者以外の者に不利益を被らせた。それは既に宗教とは言わない。ただの賊と成り下がった者達を、私は許しはしない。

「悪趣味な城よ。立地は悪くはないが」

 私達は隠れながら進軍し、ザビー城近くまでやってきていた。清々しい朝だ。これからここが戦場になる。

 忍の情報通り、小高い丘の上に、目に優しくない奇妙な城が建っていた。その丘のしたには街と港。海に面した、交易のし易そうな城と街。このような場所にある城を惜しげもなく渡すとは、前の領主を今の領主が恨むのも仕方のないことだと思う。

 私が奇妙な城とそこに集まる信者たちを確認し、船へ戻ってくると、長曾我部がどっしりと立っていた。あのそわそわしていたのはなんだったのか、今は随分落ち着いている。

「さあて、智将様のお手並み拝見といくか」

「フン。我の言う通り動け。さすればあれを取り戻すなどたやすいこと」

 私が指さすのは港に泊まるひとつの大きな船。おそらく長曾我部軍の船を改造したと思われる物。大筒はあの中に格納されているらしい。ザビー教団も妙な物をつくってくれたものだ。格納など無駄な機能のせいで、いつまでたっても大筒が見つからなかった。

 しかし、大きい顔をしていられるのも今日まで。私を怒らせたことを必ず後悔させてやると、私は意気込んだ。

「今朝はザビー教の信者どもが城に集まっておるはずよ。手薄の港の制圧は易きこと」

「何でそんなこと分かるんだ?」

 長曾我部は私に問う。本当にこの男は謀に向かない男だと、呆れてしまう。

「あの宗教の決まりごとだ。神官が祝詞をあげ、僧が経を読むようなものよ」

 簡単に説明してやると、分かったような分からないような、微妙な顔をするから、私はもういいと手をふった。

 既に、今日あの城で礼拝と呼ばれている集会があるのは調べが付いている。長曾我部が燃やしてしまった手帳にも書いてあったし、信者たちがあの城へ集まっているのもちらりと見えた。今、城から一番遠い港は蛻の殻のはず。

 私は晴久を呼び、指示を出した。

「晴久、港と例の船の制圧はそなたに任せる。直ぐに我らも港へ入る。……長曾我部、いくらか技術者を寄越すがいい。敵が籠城した際には城ごと吹き飛ばす」

 先ずは機動力のある晴久に港を制圧させる。人がいなければ制圧は容易い。大筒を積んだ船を取り返し、今度はザビー教団にその威力を味わって貰おうではないか。

 私の言葉に長曾我部は驚いた顔をした。当たり前だ、普通大筒を城へむけて撃つなどしない。こんな事が出来るのは、長曾我部軍の技術力があってこそ。長曾我部は首を横に振る。

「流石に城を吹き飛ばすのは無理だ」

「ただの脅しよ。門が開けば何でも良い」

 私はそう言ったが、おそらく城に風穴が空くだろうと思っていた。実際にあの弾を受けてみなくては分からないこともある。長曾我部はしぶしぶ私に兵を貸し、不安そうに城を見つめていた。

 準備が整ったという合図を受け、私は腕を振り上げる。

「行け!」

 私の号令で、船が進み始めた。晴久の風で滑るように進む船は、あっという間に港へ入っていく。私達はゆっくりそれを追った。


 私達が港につくころには予想通り、港は晴久の手によって制圧されていた。しかし、それでもいくらか信者が番をしていたようで、捕まった信者たちが大声で助けを求めている。私は石畳の港に降り立った。

 全ての信者が礼拝に行くわけではないのか、それとも彼らが教団の命令によって港を守っているのかは分からない。しかし、少し策を変えなければならないようだ。

「街を焼き払え。潜んでいる信者を炙り出す」

 私がそう言うと、一番はじめに反応したのは長曾我部だった。

「待てよ。戦う意志のないやつらまで巻き込むのか」

 矢に火をつけかけた兵達が戸惑いの表情で私を見る。私は冷たく言い返した。

「構わぬ。やれ」

「毛利っ……」

 弓兵が矢をつがえ、放つ。矢の火は乾燥した空気と風によってみるみるうちに燃え広がっていった。兵の数も質もこちらが勝っているのなら、平地で戦った方が有利だ。

 長曾我部の思いも分からないことはないが、彼は根本的なことが分かっていない。

「長曾我部よ……これから向かってくる信者どもは皆、刀など握ったことのない者達ばかりだ」

 私は長曾我部を見上げ、言う。彼は酷く悲しそうな顔をした。

 街のあちこちから、叫び声が聞こえてくる。耳を塞ぎたくなるような、子供の泣き声。子を呼ぶ母の声。しかし私はそれをしっかりと聞かねばならない。私の罪から、目をそらすわけにはいかないのだ。

「我等が相手にしておるのは武士ではない。しかし、商人であろうが農民であろうが、相手は瀬戸内を汚した者と同じ思想を持った者たちよ。痛い目をみる前に……」

 殺せ、とは言えなかった。私は長曾我部から視線を逸らす。かわりに、燃え盛る街を真っ直ぐ見つめた。

 確かに何も知らず、ただ愛を信じていた者もいたのだろう。しかし、私にも守らなければならないものがある。彼らが愛を信じるように、私を信じた者がいる。私は、中国を守るもの。家と国を守るため、私はその信頼に応えねばならない。

 炎の勢いが弱まった。火の間から、私に向かってくるものがいる。私は刃を手に取った。

「相手は賊とかわらぬ! 逃げる者は追わずとも良い、向かってくる者を切り伏せろ!」

 街に潜んでいた信者たちが私達に向かってくる。しかし、所詮戦などしたことのない者達。戦い方を知らない。

「弓兵っ!」

 真っ直ぐに向かってくるものだから、多くの者が矢をうけ倒れた。矢をくぐり抜けてきた者も、刃に倒れていく。

 街は殆ど制圧したと言って良い。私は城を見上げた。街が火に包まれたというのに、城からひとりとして人が出てこない。高い位置にある城が一番安全なのだろうが、街には家族が残っている者もいるだろうに。しかし、賢明な判断だ。結局人間なんて、自分の命が一番大切なのだから。


 当初の予定通り、私は大筒を使うことにした。街の奥まで入り込んでいた兵を一度港までひかせ、合図を送る。長曾我部軍の兵が皆に耳を塞ぐように指示をだし、少し沖へでた。その念の入れように、私は緊張する。

「放てーっ!」

 港に男の声が響く。数秒の間があって、空気の振動が私を襲った。

 生暖かい風が吹く。私がゆっくり目を開けると、皆呆然と一点を見つめていた。丘の上の城の、一番高い塔の上半分がすっかり無くなっている。何が起こったのかようやく気付き、わっと兵士たちがわき上がる。

 凄まじい威力に恐れをなしたのか、城の方で動きがあった。門を開き、逃げ出す者が現れたのだ。

「長曾我部、何をぼさっとしておる」

 このチャンスを逃す訳にはいかない。私は長曾我部に活をいれる。

「兵を率い、城に攻め入れ。……殆どが逃げ出した筈よ。残るは、戦う意志のあるもののみ」

 長曾我部は焼けた街を見渡す。彼は少し目を伏せた。

「俺にも守るもんがある……許せよ」

 次に長曾我部が顔をあげた時、彼の瞳には確かに燃えるものがあった。

「野郎ども! 借りを返しに行くぜっ!」

 逃げ出すほど弱くはないと思ってはいたが、少しほっとした。長曾我部は自らの軍を率いて城に続く丘を駆けあがっていく。あとは任せておけば平気だろうと、私は一息ついた。

「……あれは」

 しかし、戦場は私に休むひまなどくれないようだ。援軍はこないと踏んでいたが、電撃を纏った大きな気が近づいてくるのに気付く。

「晴久、計算外の援軍よ。我等で食い止める」

 このぴりぴりした気は『バサラ』特有のもの。普通の兵では太刀打ちできない。私はしっかりと輪刀を握り直して振り返った。

「村上……船の守りはそなたに任せる」

 ちょうどそこにいた見知った顔に声をかけ、私は走り出した。晴久が慌ててついてくる。

「村上っ、しっかりやれよ!」

「ちょ、ええっ! 俺ですか!?」

 後ろの方で晴久が村上に激励しているのが聞こえた。

 私はぴりぴりした気配が大きくなる方へ走る。私の完璧な策が完成しようとしているのに、邪魔はさせない。晴久が私に追いつき、併走する。焼けた街の、焦げた臭いの風を切って、私達は駆けていった。


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