Sa place


深夜より明け方まで続く通例のゲームに御熱中の生江は一人眉間に皺を寄せ、前方の大きなディスプレイと睨めっこ状態。
ぶっ続けでオンライン対戦を繰り広げ、目の下に隈を居候させながらも手は止めない。
器用に指先を動かして正確に狙った獲物を撃ち落とし、次々と敗北して行くプレイヤーを尻目に生江は御満悦そうな笑みを浮かべ、大きな欠伸を一つ。
襲い来る睡魔に逆らうようにしてよっこらせと腰を上げた。
「…出掛けよ」
振り向きもせずにコントローラーを無造作にソファーへと葬り、身体を捻ると何とも言えない音が鳴る。
そろそろ布団で睡眠をとらなければなと思ってはいるものの、始めてしまえば止められない魔のゲームにどう対応するかである。やらなければ良いとか、ごもっともな正論はさて置いて。
向かう先と言えば勿論ゲームセンター。
平日というのも手伝って、客の少ないそこに脚を運ぶ事に少しの躊躇も無いと言えば嘘になるだろう。自分とて例に漏れず立派な社会人である。
一人で小言を並べながらも外に一歩踏み出すと、冬の寒さが身に染みる。吐息は白く、思わず両手を擦り合わせてしまう程の寒さと然程遠くもない距離に生江は覚悟を決めた。
いつもよりもやけに長く感じられる道のりを辿り、人目を避けるようにして馴染みの店に潜り込む。
そろそろ店員に顔を覚えられていても何ら不思議では無い。
奥まった場所にあるお目当てのレースゲームに空きを見つけ、勝手の知れた硬いバケットシートに腰を落ち着ける。
硬く感じられるのもその筈、最近では恋人のNSXのシートの柔らかさに慣れてしまっているからな訳で。
コインを投入していざレースが始まる。
しかし丁度そのタイミングを見計らったかのようにして携帯から呼ばれた生江は一瞬、それに応えるべきか否か迷いはしたもののスタートと同時に理屈を捨てた。
鳴り続けるかと思いきや思いの他すぐに切れたそれに大した用事じゃないなら連絡を寄越すなと、発信番号を確認もせずに誰にともなく文句を垂れる。
そうして完膚なきまでに見事な勝ちを掻っ攫った生江は、続け様にコインを投入しようか悩んだ末にややあってポケットから携帯を取り出した。
「これで間違い電話ですとかのたまおうものならぶちのめしてやる」
着信履歴の一番上には予想外にも見慣れた番号。かけ直そうと指を動かしたが、急ぎの用なら折り返し掛かってくるだろうとそう決めつけ
、素っ気なく携帯を閉じた。
短期間で不敗神話を築き上げた生江にとって男などは二の次三の次。どうもすみませんね。
ふと人気の無い店内に僅かに寒い風が首筋を掠め、客の気配に生江は首を傾げた。
しかし背後から投げられた声には聞き覚えがある。ああ、きっと電話を無視した事に腹を立てたんだろうな。
「おい、電話くらい出ろ」
「暇じゃないんだけど」
「そりゃ悪かったな。全く、少しは喜べよ」
「…何の用?」
「出掛けるぞ」
「は?」
電話に出ないからってわざわざこんなところまで脚を運ぶのだから何事かと思いきや、肩透かしを食らったような気分の生江は露骨に嫌そうな顔をした。
「どこに」
「箱根」
「何しに行くのよ」
「つれないな。ただのドライブだ」
「えぇ…」
何とも微妙な受け答えの生江は気乗りしないまでも断固お断りという訳でもなさそうだ。
こちらの腹を探っている様子が何だか可笑しく思え、豪は歯を見せて笑った。
踵を返すと後ろから足音が追ってくるのを確認し、そのまま店を後にしする。背後で自動ドアが閉まる気配を感じた。
真昼間からこの暗くて騒がしい場所で油を売って一体どうするつもりなんだ。本当にニートにでもなるつもりか。
軽く二日は寝てないであろう彼女をNSXの助手席へと促し、シートに身体を沈めて舟を漕ぎ始めた生江に寝るなよと強めに釘を刺しておいた。
「眠い…」
「普通は家で寝るもんだろ」
「普通はゲームするわよ」
「それはお前だけだ」
「豪の運転は本当に眠くなるわ」
気を遣って運転するこちらの身にもなってみろと、言ったところで何ら意味を持たないそれを無理やり呑み込み、暖房をつけた。
「心配してたくせに」
「黙って寝とけ」
暖房切るぞ、と皆までは言わないがそれを察した彼女は今度こそ口を閉ざした。
暫く何の音沙汰も無いので、寝たかと思い助手席に目線を遣ると案の定気持ちよさそうに寝息を立てているのを見るなり頼むから他人様のクルマで同じ事をしでかさないでくれよと豪は肩を竦める。
寝ている時が一番可愛いんだよな。起きていれば憎まれ口しか叩かない彼女に、気が付けば深みにはまってしまったと言うか何と言うか。
ふと思い出し、いつしか車内で眠る生江の為にと用意したブランケットを被せる。本人はそんな事とは気付きもせずに使用しているに違いないのだろうが。
低速ギアのままノロノロと勾配を上り、静かな車内に排気音が耳につく。
頂上に着いたら何と言って彼女を起こそうかな。
白い毛布に包まった隣人を一瞥して、豪は口角を上げた。





然程広さは無い駐車場にクルマを滑り込ませ、何とか隣の彼女を起こさずに駐車した豪がシートベルトを外し小柄な身体を揺さぶった。
「おい、起きろよ」
もぞもぞと身じろいで寝返りをうつ彼女の姿に一瞬手を離しかけたが、それに負けてここで引く訳にはいかないのだ。放っておけばいつまででも目を覚まさないような彼女を起こすのはいずれにせよ自分に他ならないのだから。
心を鬼にして身体を揺する。
「暖房切るけど」
「いや…」
「じゃあ起きろ。引き摺り下ろすぞ」
「起きるから…」
眠たそうに目元を擦った生江が背中を浮かし、何度か瞬きを繰り返してその場で大きく伸びをした。目がまだ寝かせろと言っているような気がしないでもないが、そこは無視する。
目の下の隈は大分マシになったであろう。
「着いたの?」
「あぁ」
「もう少し寝かせてくれても良いじゃない」
「折角だ、景色でも見ておけ」
「…そうする」
そうは言ったものの、未だ渋い顔をしている生江を肘で小突いて呼ばわる。寝起きの機嫌が最高に悪い事など百も承知だ。
重たそうにドアを開けた彼女に倣い、自身もシートから腰を浮かせた。
寒い空気が一気に車内に流れ込み、後の事を考えるとどうしてもエンジンを止める気にはなれなかった豪は後ろ手にドアを閉める。
天気予報が珍しく的中し、空は蒼く澄んで雲一つ見当たらない。
降りるなり早々、生江が開口一番に
「寒い…」
両手で二の腕を摩り、背中を丸める生江の有様に苦笑いする他無かった。
自分とて然程厚着をしてきた訳でも無いが、山に行く予定などこれっぽっちも無かったであろう生江の方はまだ夏の抜けきらない薄手の格好だ。寒いのも致し方ないだろう。
やれやれと再び運転席側のドアを開けた豪が身を屈め、先程のブランケットをむんずと掴みそのまま生江へと放り投げた。
何とかそれをキャッチした生江が「ありがとう」と言葉を投げる。
「ムードもへったくれもねぇな」
「この期に及んでムードなんてものを期待していたわけ」
「生江相手にそんなものは期待しちゃいないけどよ」
「今日は随分と失礼じゃない?」
「こんなもんだろ」
「そうですかー」
言葉のやり取りが面倒になったであろう生江は終わりの見えない会話を無理やり打ち切り、人のNSXを風除けにして凭れるように空を見上げている。
そうして隣であっと声を上げた生江につられて豪も反射的に首を動かしたが、特に変わった様子は無い。何という仕打ちだろうか。
「おい」
「ちょっとした仕返しよ」
「ガキかよ」
「悪かったわねガキで」
「晩飯食ってくか?」
「勿論」
「お前もいい加減自分で料理くらいしたらどうだ」
「料理する暇があるなら」
「もういい、その言葉なら聞き飽きた」
それきり押し黙ってしまった彼女に不信を抱き、さりげなく隣に目線を移すと何かを思案するように微動だにしないので声を掛けようと口を開いたがそれは一足先に発せられた彼女の言葉によって遮られた。
「豪は、私のどこが良いわけ」
「なんだよそれ」
「こんなゲーム中毒者みたいな女のどこが良いのかって聞いてるの」
「さぁ?」
「…これ結構真面目に聞いてるんだけど」
「下らない事考えてる暇があるなら一分一秒でも寝た方が良いぜ」
不満そうに小さい溜め息を漏らした彼女がそれ以上は追求してこないところから、こちらに答える気が無いと察したのだろう。
別にどこが好きだとかそんな御大層なアレじゃなくて、中毒性のある煙草のような存在なんだろうな。
軽い気持ちで始めたのに、気が付いたら傍に無いと心に余裕が無くなるような、そんな存在。
それ以上でもそれ以下でもない。
「帰るか」
「うん」
「ああそうだ」
「何?」
「お前、俺んところに来いよ」
「…なんでまた唐突に」
「俺はずっと考えてた」
「今の流れのどこに切欠があったのよ」
「文句言うな。拒否権はなし」
怪訝そうに眉を寄せる生江の横に回り込み助手席のドアを開けたが、それでも動こうとしない彼女の背中を軽く押し半ば強引に車内に押し込んだ。
豪はそのままクルマを回って運転席に収まり、暖気されて暖かい車内で再び船を漕ぐ生江に今度こそ釘を刺す。
「寝たら先の話は了解した事にするぜ」
「…良いんじゃないの」
「寝惚けてるのか?」
「起きてるわよ」
「いやにあっさりしてるな」
「ねぇ、どっちなのよ」
「生江」
「何」
「なんでもない」
人をせせら笑うようかのような表情をする豪に若干イラっとした生江がそれでも黙って目線を外に移し、景色と共に小言を流した。こういう時は何を言おうと裏目に出るだけなのだ。
「…買い出しするから、どこか寄って」
「手料理でも振舞ってくれるのか?」
「まぁ、そんなところ。一応それなりのものは作れるわよ」
「それじゃあ期待しておきますか」
豪が微妙にアクセルを踏む足に力を入れたのを感じた生江が、「着いたら起こして」と緩む口元を隠すかのように再びブランケットを被った。

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