狂気の目

「凛音ちゃん! メフィちゃん!」

 スウィートが2匹の名を呼ぶと、ガブリアスと対峙していた凛音はスウィート達の方に目線をむけた。
 そしてすぐにガブリアスに戻す。全くといっていいほど余裕がないようだ。
 メフィの方は顔を苦痛で歪めている。腹の部分にはまだ真新しい傷があった。
 まだ状況をきちんと把握していない『シリウス』をよそに、ガブリアスは凛音にむかって飛び掛った。口には、炎を灯した牙。

「グァァァァァァアァァ!!」

「勘弁してくださいよっ……!」

 凛音は紙一重でガブリアスの攻撃を避ける。凛音の方もダメージを負っているらしく、顔を顰めていた。
 すると凛音はいつもは出さない大声をだした。

「先輩方! バッチでメフィをギルドに戻してください! もう戦える状態じゃありません!」

「わ、分かった!!」

 凛音の大声に驚いていたスウィートは1番に反応する。
 そしてすぐに3匹に指示をだした。

「フォルテはメフィちゃんをバッチでギルドに戻して!」

「え、ええ!!」

 スウィートの指示に頷くと、フォルテはでんこうせっかでメフィの元までいった。
 それを見るとスウィートは2匹を見る。

「シアオ、アル……戦える?」

「だ、大丈夫! それより早く凛音の手助けをしないと!」

「あぁ、大丈夫だ!」

 2匹は返事をすると、ガブリアスの方に駆け出した。スウィートはてだすけを発動させる。

 一方、メフィとフォルテは

「メフィ、大丈夫? これ食べれる?」

「フォル、テ……せん、ぱい…………?」

 メフィの声はいつものように元気ではきはきとした声ではなく、とても弱弱しい、途切れ途切れのものだった。
 フォルテはオレンの実を少し小さくちぎってメフィに食べさせる。

「今から貴女をギルドに戻すわ。ギルドにはアメトリィが残ってるらしいから……手当てをしてもらいなさい。分かった?」

「まっ、て……ください……。りん、ねは……?」

「凛音は多分……残ると思うわ。今も戦ってるし」

 フォルテがそう言うとメフィは今にも泣き出しそうな顔になった。

「だめです……! 凛音、けが……してるんです……! むり、しちゃう……!」

 フルフル、と首を横に振る。目には若干だが涙が溜まっている。だが今の凛音がすぐに引き下がると、フォルテには思えなかった。
 フォルテはメフィにゆっくりと宥め聞かせるようにいう。

「……とりあえず貴女はギルドに戻りなさい。凛音はあたし達が無理させないようにする。無理をするようならギルドに戻すわ。それでいいでしょう?」

 フォルテの意見にメフィはなかなか頷かなかったが、渋々といったように頷いた。
 それを見てフォルテは「ありがとう」といってからバッチをメフィにかざし、ギルドへと戻した。

 そして4匹とガブリアスの方を見る。技と技の攻防戦が続いているように見える。フォルテはすぐに駆け寄っていった。

「スウィート! メフィ、ギルドに戻したわ!」

「ありがと! っ!」

「グゥァァァァァアァァ!!」

 スウィートはギリギリでガブリアスの炎の牙を避ける。
 そのときにガブリアスの目を見た瞬間、背筋が寒くなった。そしてすぐに目を逸らした。

(目の焦点が、あってない……!)

 ガブリアスの目はスウィートに向いてるわけでもなく、他の4匹に向いているわけでもない。
 その目はただ狂気だけを感じられ、真っ赤に充血していた。

(狂ってる……! 声といい、目といい……全部が…………)

「ギィグァァァァァァアァァ!!」

 狂ったように叫び、ガブリアスは次々に攻撃をしかけてくる。
 スウィートはその様子を見て顔をゆがめた。ガブリアスは気にすることなく暴れ続ける。

「使えるといいんだがな……! すいへいぎり!!」

「いくよ! はどうだん!」

「喰らいなさい! 火炎放射!」

「はっぱカッター!!」

 順にアル、シアオ、フォルテ、凛音が一斉に攻撃をする。
 それがガブリアスにあたった事により、土煙が巻き起こった。辺りが見えなくなる。
 そして少し離れて全員が様子を伺っていると

「きゃあ!?」

「「「「!?」」」」

 声のした方を見ると、ガブリアスがフォルテの首を掴んでいた。
 フォルテは体系的に体が宙に浮いていて、首を掴まれていることにより、苦しそうに顔を歪めていた。
 ガブリアスはそれを見ると、締めあげる力を更に強くする。

「……ぅ…………ぐっ……!」

「フォルテを放して!!」

 スウィートがアイアンテールの準備をしてガブリアスに接近する。ダメージを与えれば放すだろう、と考えて。
 しかしガブリアスは予想外の行動にでた。

「きゃっ……!?」

「いっ……!!」

 ガブリアスがスウィートに向かって、掴んでいたフォルテを投げたのだ。それも優しいものではなく、思いきり。
 スウィートは突然の事で反応できず、フォルテと勢いよく衝突した。そして後ろにあった壁に背中を強打する。

「いたた……フォルテ、大丈夫!?」

「けほっ……ごほっ…………。何とかね。ありがと」

 少々咳き込んでいるものの大丈夫そうだ。スウィートはホッと安堵の息をつく。
 そしてすぐに真剣な顔つきへと変わり、ガブリアスを再び目を向けた。

「狂っていても……きちんと頭を使って動いてる……」

「やっぱ……スウィートもそう思う? あのガブリアス……正気じゃないわ」

 フォルテはガブリアスを睨みつけながらそう言う。そのガブリアスはただただ暴れまくっていた。
 フォルテの言うとおり、正気じゃない。

「ガァァァァァァァァアァッ!!」

「一旦、動きを止めるね……。縛り種!」

 スウィートがガブリアスの口にむかって種を投げた。
 上手く口の方に一直線に飛んでいき、ガブリアスは種を飲み込んだ。するとガブリアスの動きが止まる。
 それを見たシアオがスウィート達の方に駆け寄ってきた。

「スウィート! フォルテ!」

 スウィートは考える。
 危険物を放っておいて逃げるか、それとも策を練って戦うか。だがこのまま引き下がると次に来たポケモン達に被害が及ぶ。だが『シリウス』に他のポケモンを巻き添えにしようなどと考える者はいない。
 スウィートがシアオの方を見ると、目を見開き、声は張り上げた。

「!? シアオ、後ろッ!!」

「え!? うぐッ!?」

 その瞬間、シアオの体が吹っ飛んだ。咄嗟にアルが動き、壁にあたるかどうかスレスレの位置でシアオをキャッチする。
 シアオが居た場所には――狂気の目に染まったガブリアス。

「グガァァァァァァァアァ!!」

「どうして……!? 縛り種は飲み込ませたはずなのに……」

 おかしい、誰もがそう思った。縛り種を投げると暫く動けなくなる。
 こんな数秒で動くはずが無いのだ。なのにこのガブリアスは平然としている。

「先輩! このガブリアス……睡眠の種を投げても無駄でした! もしかしたら……種が効かないのかもしれません!」

「そんなっ……!?」

 なぜ効かないのだ、と誰かに言いたいところだが、知っている者がいるはずがない。寧ろ、そんな事例は今までないので、全員が予想外のことに目を瞠った。
 分の悪さにスウィートが顔を顰めると、アルがいつの間にか手に持っていたものを投げた。

「1匹だけだから使うのは嫌だったんだが……敵縛り玉!!」

 するとフロア全体を光が包んだ。ガブリアスは動きが止まっている。はずだった。

「嘘だろ……」

「不思議玉も駄目なのですか……!?」

 アルと凛音が呆然と呟く。
 ガブリアスは止まりもせず、襲い掛かってきた。スウィートの方に向かってきて、おそらくドラゴンクローをしてこようとしている。

「グギィァァァァァァアァ!!」

「どうして…………。ッ……!?」

 スウィートは避けつつ、ガブリアスを見る。
 動きがとても早く、避けるので精一杯だ。そのとき、ガブリアスと目がバッチリとあった。

(狂気の奥底……悲しんでる……? 怯えてる……?)

 最初に見たときは狂気しか感じなかった。だが今の目をしっかりと見ると――悲しんでいるように見える。
 スウィートはそれが分かった瞬間、頭にいろんな事がよぎった。

(嫌だ、見たくない……。もう、あんな目……嫌…………見たくない……! 視たくない!!)

 頭が、あの目を拒んだ。スウィートの中で大きく拒絶した。見たくない、と。

 その瞬間、スウィートの隙を生んだ。

「グァァァァァアァッ!!」

「しまっ――うぁッ!!」

「スウィート! っ、皆、ちょっと任せたわよ!」

 しまった、と気付いたときにはもう遅く、ガブリアスのドラゴンクローがスウィートにあたった。
 フォルテがアル達に一言かけてからスウィートの方に駆け寄ってくる。
 そのときにガブリアスの目はフォルテに移動したが、シアオ達が攻撃をしたおかげで襲っては来なかった。

「スウィート! オレンの実、食べれる?」

「コホッ……だい、じょうぶ。……ちょっと油断しただけだから」 

 スウィートはフォルテに渡されたオレンの実を手早く食べる。戦闘に参加するためだ。
 するとフォルテがガブリアスを見ながら呟いた。

「最初に暴れているのは……時が狂い始めた影響だと思った……けど、違うと思うの。
 確かに時の影響で正気を失うポケモンはいる。何度も正気を失ったポケモンをあたしは見たことがあるわ。だけど……種も玉も効かない、それにあんなに目が充血しているのは……見たことが無い」

(という事は……ガブリアスが正気じゃないは、時の影響じゃなくて……他に理由があるって事……?)

「とにかく……今そんな事を考えている場合じゃないわね! いける? スウィート」

「大丈夫。早めに倒そう」

 もしかしたらジュプトルとも戦わなければならないのだから、とスウィートは心の中で付け足した。
 そしてガブリアスの方に向かっていく。

「「シャドーボール!!」」

 スウィートとフォルテが同時に技名をいい、同じシャドーボールがガブリアスに向かっていく。
 ガブリアスは避ける素振りさえ見せない。
 当たる、と誰もが思った瞬間――ガブリアスの周りに砂嵐が巻き起こった。

「嘘っ!?」

「そんな避け方アリ!?」

 砂嵐はガブリアスを守るように巻き起こっていたが、やがて全体に広がった。
 周りが砂嵐でよく見えなくなり、ガブリアスの姿も見えなくなる。さらにガブリアスの特性はすながくれ。回避率がとても大きくなっているのだ。

(これじゃあ……こっちが不利……!)

 あたる砂嵐に顔を顰めながら、ガブリアスの姿を探す。そのとき、凛とした声が場に響いた。

「状況を変えさせていただきます、にほんばれ」

 凛音の声だ。砂嵐は瞬く間に消えうせ、太陽の日差しが眩しいくらいに射し込んできた。
 これで有利になるのは、凛音とフォルテだ。

「形勢逆転かしら!? 火炎放射!」

「エナジーボール!」

 技の威力があがって優勢になった2匹が攻撃をしかける。
 ガブリアスは素早い動きでそれを避け、凛音の方にドラゴンクローの準備をしてつっこんでいく。

「させない、しんくうぎり!」

「こっちにはまだいるんだから! はどうだん!」

 スウィートとシアオの攻撃に気付いたガブリアスは方向を変え、攻撃を避けた。
 その方向に避ける、と予想していたアルが待ち構えていることを知らずに。

「アイアンテール!!」

 アルがガブリアスの頭めがけてアイアンテールを打ち込もうとする。
 だが、あたる前に、ガブリアスがアルの尻尾を掴んだ。

「なっ……!?」

 するとアルの尻尾を掴んだまま、アルの向かって口に眩い光を――

(この至近距離からはかいこうせん!? まずい!!)

 アルは何とか避けようとするが、尻尾を掴まれていて出来ない。そしてガブリアスは口の光を――放った。

「アル!!」

 土煙が巻き起こってどうなってしまったかが分からない。
 だがあの状態では、直撃だろう。

(嘘……!?)

 そして土煙がはれると――ガブリアスと、未だ尻尾を掴まれているものの、無傷のアル。3匹はホッと息をついた。
 尻尾を掴んでいる腕を見ると……緑色の蔓が巻かれてあった。

「間一髪……でしたね……。はっぱカッター!!」

 おそらく蔓で腕を下に下げさせ、はかいこうせんが当たらない場所に腕を持っていかせたのだろう。
 凛音が攻撃をするとガブリアスはアルをはっぱカッターの方へと投げた。

「危ねっ! 10万ボルト!!」

 アルは宙に浮いた状態ではっぱを全て10万ボルトで落とした。そして綺麗に着地する。

「サンキュ、凛音。助かった」

「いえ。……どうやら少しの話もさせてもらえぬようです、よっ」

 凛音はガブリアスが撃ってきた火炎放射を避ける。かなり広範囲だったため、フォルテ以外は全員よけた。

(はかいこうせんの反動もないのね……。これは……本当にマズいかもしれない)

 スウィートが次にどうするか、と考えた瞬間だった。

「グゥアァァァァァァァァアァ!!!」

 いきなり大きく地面が揺れ始めた。

「嘘っ!?」

「うわぁ!?」

「きゃあ!?」

「うっ!?」

「しまった…!!」

 ガブリアスが地震を急にしたため、反応できなかった5匹は、避ける術もなく地震を食らった。効果抜群の2匹にとっては大ダメージ。
 スウィートが見るとシアオは起き上がっているが、効果抜群だった2匹と、元からダメージを負っていた凛音は倒れた状態だった。
 そんな3匹に追い討ちをかけるように、ガブリアスはドラゴンクローを喰らわせる。
 スウィートとシアオはすぐに反応できなかった。

「いっ……!!」

「ぐぁ!?」

「ッ!!」

 凛音はスウィートが何とか押しのけ技をかわしたが、フォルテとアルがドラゴンクローをもろにくらってしまった。
 ダンジョンでも戦ってきて、そしてガブリアスの攻撃。もう、戦えるほど体力も残ってないだろう。

「皆、大丈夫!? ちょっと休んでて!」

 スウィートがそう指示する。だが凛音の体は光り始めた。
 何をするつもりだ、と見るとみるみる傷が回復していく。ただ全部ではなく、ほんの少しだけだが。

「ちょ、凛音ちゃん! 休んでなくちゃ……!」

「光合成をしました。体力は少しは回復したはずです。……問題ありません」

 凛音は体の蕾から蔓をだし、フォルテとアルを隅の方に移動させる。
 ガブリアスの目がその3匹にいかないよう、スウィートは攻撃をしかける。

「しんくうぎり!」

 広範囲攻撃のため、ガブリアスは避けにくいのを分かっているからか、攻撃を避けなかった。
 しかし、倒すには至らない。

「ガァァァァァァァァアァッ!!」

 ガブリアスは声を上げて襲い掛かってくる。
 どうやら攻撃を受けても攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。スウィートは目を閉じる。

(本当は……ジュプトルと戦うときに力を貸してほしかったんだけど……今はそれどころじゃない。皆を……守らないといけない。
 ごめんだけど、お願いできる?)

《今回はわしが出させてもらうぞ? 本来ならシクルに出てもらいたい所だが、拗ねているからのぅ》

 拗ねているのか……といつもなら思っているだろうが、生憎、スウィートとしてはそんなことを考えている暇はない。

 スウィートが目を開けると、緑色の瞳になっていた。




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