強い弱い


 宿場町の道を、1匹のポケモンが通る。そのポケモンはビリジオン。緑色の体をした、綺麗なポケモンだった。
 ビリジオンに気付くと、宿場町にいたポケモンたちが皆そのポケモンを目で追う。

「今日も凄いなぁ……」

「ええ、眩しいです……」

「相変わらず別嬪だよな」

「えぇ、相変わらずチョー美人さんです」

「背が高くてクールで凛としていて……あぁもう……あこがれちゃうよなぁ……」

 小さく、♂のポケモン達が次々と呟く。呆気にとられ、言葉がでない者さえもいる。
 ビリジオンはそんなポケモン達を気にすることなく、食堂に入っていった。それを見て見惚れていたポケモン達が食堂の出入り口付近に吸い込まれるように寄っていった。
 そして食堂の中からは楽しそうな声がする。

「あら! いらっしゃい!」

「あっ、シリュアちゃん!!」

「わあ! シリュアちゃんだぁ!」

 中からは食堂のオーナーであるレア、そしてヴィゴとその弟子達の声も聞こえる。レアは違うが、ヴィゴ達は完全に猫なで声だ。
 その場に、綺麗なソプラノの声が響く。

「そこ、開いているかしら?」

「どっ、どうぞどうぞ〜」

 どうやら会話を聞く限り、ビリジオン――シリュアはヴィゴ達が座っている所の空き席に座ったようだ。
 それを聞いて、コアルヒーが

「お……俺たちも行こうぜ!」

 そう言ったことにより、♂ポケモンたちは食堂に入っていった。
 沢山のポケモンが入ったことにより、食堂が賑わう。勿論、ポケモン達の目的はシリュアだ。

「シリュアさん、今日もまた一段と麗しいです……!」

「フフッ、ありがとう」

「ずっとこの街にいてくれよぉ、シリュアちゃん」

「う〜ん、考えておくわ」

 好意があることを隠しもせず、男共がシリュアを口説こうとする。
 そしてヴィゴとマハトとポデルに負けじと、ワシボンが前にでてシリュアに話しかけた。

「シリュアさん、今日はどちらまで行かれてたんですか?」

「東にある洞窟へ行ってたの。でも空振り。残念ながら何も収穫がなかったわ。私、もしかして冒険家としての実力が落ちたのかしら?」

 あからさまに、シリュアが落ち込んだ様子を見せる。
 するとワシボンが慌てて言葉を紡いだ。

「そ、そんなことないです! きっとダンジョンがシリュアさんの魅力に嫉妬して、道具とか何も落とさなかったんだと思います!」

 完全に無茶振りなことでも、全員が「そうだ、そうだ」と賛成しだす。

 それを外で見ていたクレディア達。そしてフールが頬をひきつらせながら声を何とか出した。

「……何か……すんごいモテモテなんですケド……」

「凄いねぇ、すっごい人気者!」

 明らかにクレディアは意味を履き違えている。一方で御月は本気で面倒くさそうな顔をしていた。
 そしてフールは後ろにいるクライの方に振り返った。

「あのポケモンが……君のいうシリュア・ハヴィン……?」

「……はい…………ぽっ」

 クライが顔を赤らめる。しかしフールは食堂の光景に完全に気をとられたのか、顔が完全にひきつっている。
 するとレトが説明を加えた。

「クライは一目見た時からシリュア・ハヴィンに憧れて……それで友達になりたいって思ってるんだよ」

「よくやるよなぁ……」

「君は大して興味なさそうだね」

「正直に言ってやる。苦手だ。レアさんは普通に」

 御月がきっぱり言い切った。フールは「うーん……。話したことないから何ともいえない……」と言う。ただ第一印象はあまり好意的ではないようだ。
 するとレトがクライにとても明るい笑顔で言い放った。

「よし! 今がチャンスだ! クリスタルを持って行って来るんだ、クライ!」

「え、えぇぇぇ!? む、無理だよぉ……!」

 レトの言葉に、消却的な言葉をこぼすクライ。そしてそのまま自身なさげに続けた。

「シリュアさんとは友達になりたいけど、でも…………やっぱり勇気がでないよ……。どうせ僕なんて相手にされない……」

「平気だよ、クーくん! 何事もきっかけが大切だから!」

「相手にされなかったらきっかけもクソもねぇけど」

 クレディアの言葉に、鋭く御月のツッコミが入る。
 フールは御月に「黙って」と睨んでから、クライに明るい笑顔をむけた。

「頑張ろうよ。とりあえずクレディアの言うとおりきっかけが大切だし……とりあえず私がそのきっかけを作るため、シリュアに話しかけてくる。だからクライはついてきて」

「えぇぇぇぇ!?」

「大丈夫。これでも私、コミュ力は高いのよ……!」

「ムダにな」

「御月、君は黙れ」

 そしてフールは意気揚々と食堂に入っていった。それにクレディアも御月もレトも続く。

「え、ちょっ、待っ、みんな……!!」

 いきなりの急展開についていけないクライは4匹を止めようとしたが、4匹は中に入っていってしまった。
 そしてどうしようもなく、渋々といった感じで食堂に入っていった。



「へー。シリュアは色んなところを旅してるんだ」

「えぇ。目的がないわけじゃないんだけど……とりあえずは自由に旅しているわ」

 そして宿に入ってすぐフールが話しかけ、全員の自己紹介も済ませたところでフール達はシリュアと話していた。主に話しているのはフールだが。
 クライはフールの少し後ろで、シリュアを見るだけ。因みに御月は椅子に座ってのんびりとレアに出してもらったジュースを飲んでいた。完全にシリュアに興味なしである。

「此処には希望の虹≠見に来たのよ」

「希望の……虹=c…?」

 聞きなれない単語が出てきて、フールが首を傾げる。それはクレディアもだ。
 するとレトがいち早く反応した。

「希望の虹=c…! 俺も聞いたことあるぞ」

「この地方で名物だった虹じゃ。昔はこの街からよく見えたもんじゃ」

 この中で一番の年長であるハーデリアが説明をしてくれる。

「虹が重なる不思議な光景は……とても美しく、見て惚れ惚れするものじゃった。此処に住むポケモンたちは「また明日も虹が見れたら嬉しいな。また見れるまで自分も頑張ろう」そう思い、不思議と頑張る気持ちになれるのじゃ。
 虹を見ると不思議と希望が湧いてくる……。それでいつの間にか希望の虹≠ニ呼ばれるようになったのじゃ」

「それって、今でも見られる、ますか?」

 クレディアが不慣れな敬語でハーデリアに聞く。それに「いや」とハーデリアは首を横にふった。

「この頃、まったく虹が見られなくなっての。原因は分からんが……とにかく虹がかからなくなってしまったんじゃ」

「虹が見られなくなった、っていう噂は聞いていたんだけど……でもどうしても見たくてね。一応ここまで来てみたんだけど……でもやっぱり見られないの。仕方ないんだけどね」

「そっかぁ。私も見たかったなぁ、希望の虹=c…」

 シリュアとフールが残念そうな顔をする。どうやら2匹とも希望の虹≠ノ強い関心があるらしい。
 そんな状態から一転、何かを思い出したようにフールが顔をあげた。

「そうそう、そういえばシリュアと友達になってほしいっていうポケモンがいるの」

「……友達?」

「!?」

 そう切り出したフールに、シリュアは怪訝そうな顔をする。いきなりのことでクライは顔を青くする。心の準備などしていない。
 しかしレトに背中を押されてシリュアの前に出されてしまい、言うしかなくなってしまった。

「えっ、えっと……そ、その、シリュアさんに、このクリスタルをプレゼントします!」

 クライがシリュアの前に例のクリスタルを差し出した。
 そして勇気を出して、クライが何とか言いたいことを口からしぼり出した。

「だ、だっ、だから……だからお願いです! 僕と友達になってください!!」


「……ありがとう。嬉しいわ」


 クライの言葉を聞いて、シリュアがそう言った。
 フールは「うまくいったか!?」と内心喜んでいたのだが、次のシリュアの言葉によって言葉を失うことになった。

「……でもゴメンなさいね。クリスタルは受け取れないわ」

「え、えぇ……!?」

 流れは完璧だった。勇気だって出した。クライは、きっと大丈夫だと心の中で信じていた。
 しかし、現実はそう甘くはなかった。シリュアは顔にはあまり出さないようにしてるが、明らかに目が冷たくなっていた。それは、友達≠ニいう単語が出てから。

「私、友達は作らないことにしてるの」

「え……えっ……?」

 どう反応していいのか分からず、クライがたじたじになる。
 シリュアはそのまま冷たい目のまま、そして何かに冷めているかのように続けた。

「こんな世の中だからね……友達とか信用していないの。せめて強ければ友達として少しは考えてもいいんだけど……強ければ、とりあえずはお互い支えあえるからね」

 食堂の場が凍ったようだった。その発言に、異論を唱えるものはいない。フールは納得いなかさそうにしているが。
 そしてシリュアはクライを見て、こう言い放った。

「でも貴方……強くないでしょう?」

「う、うぅっ……」

「ク、クラ――」

 何も言えず、クライが黙る。それにレトが話しかけようとしたが、それはクライによって遮られてしまった。

「うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「クライ!!」

 大きな声をあげて、涙を流してクライは食堂から飛ぶように出て行ってしまった。それは、一瞬の出来事のようで。
 レトはそれをすぐさま追いかけようとするが、鋭くシリュアを睨む。

「テメェ……! 何言ってんだよ! 友達ぐらいなってやれよ!!」

 チッと舌打ちしてから、レトも食堂を出て行ってしまった。
 そしてレトが全て言えなかった分、フールが全て言ってやろうとシリュアを睨んだ。先ほどまで普通に会話をしていた2匹とは思えない、そんな冷たさがあるものだった。

「レトの言う通りよ。ちょっと酷いんじゃない?」

「今の世の中は騙しあいになってる。信用できないわ。……親切にされても必ず下心がある。友達を作っても騙されてがっかりするだけよ。
 だから私は友達を作らない。今の世の中だった当然のことよね?」

 その言葉に、フールは言葉を詰まらせる。今の世の中の現状を知っているからこそ、何も言えないのだ。
 黙ってしまったフールを見て、シリュアが去ろうとした。その時、

「……そうかなぁ」

 場に静かな声が響いた。それに、シリュアが足を止める。
 そして声がした方を見る。声の主は、クレディア。普段どおりの表情で、とにかく分からない、といった顔をしていた。それは純粋な疑問をもった子どものような表情で、シリュアは黙って続きを聞いた。

「確かに、弱かったら支えられない。でも支え方って、色々あるよ?」

「……貴女は何が言いたいのかしら?」

 クレディアの言っていることがいまいち分からず、シリュアが単刀直入に言うよう促す。
 それにクレディアは何でもないように、返した。

「私は弱いから、支えられないけれど……。それでも、強い人が弱い私を支えてくれた。
 支えあいって、互いに支えるだけじゃなくって、強い人が弱い人を支えてあげる支えあいもあるんじゃないかな? それに弱い人にも強い人より強い何かを持ってるときだってあるし」

「………………確かにそうかもしれないわね。でも、それで騙されたらどうするの?」

「それを人のせいにしたら駄目だよ」

 そう言って、クレディアは寂しそうに笑った。


「その人が騙すような人か、それともそんな人じゃないか。信じるか、信じないのか、信じられるか、信じられないか。決めるのは、ぜんぶ自分だよ」

 もし騙されたのであれば、それは、自分の見極めが間違っていただけ。


 フールが、その発言に目を丸くした。御月が、目を細めてクレディアを見た。
 固まってしまった場で、クレディアはいつものように、周りの空気など気にしないといったように、ふにゃりとした笑顔で笑った。

「まあ、考え方は人それぞれだから、貴女の考えも否定はしないよ。考えは十人十色。正解なのか、間違っているか、そんなの誰にも分からないしね」

 神のみぞ知るー! と明るく言い放ったクレディアに、シリュアはため息をついて出て行った。
 暫くクレディア以外のポケモンは固まっていたのだが、少ししてからヴィゴが大きな声を出した。

「ヒャッハー! フラれたー!!」

「クライがフラれたーーーーーッ!!」

 そしてヴィゴに便乗して、♂ポケモンが盛り上がり始める。拍手をしたり、笑ったり、とにかく喜んでいる様子だ。
 それを見てフールは呆気にとられていたようだが、すぐにむっとした表情をした。

「何で君たち盛り上がってるわけ!? クライは本気だったのに! 馬鹿にしてんならクライの代わりに私直々に電気ショック食らわせるよ!?」

「え、いや、ば、馬鹿にしてるわけじゃないぜ」

 バチバチと今にも電気ショックを放ちそうな勢いのフールに、何とかマハトが止めようと声をかける。
 しかしフールは納得がいっていないようで「はぁ?」と苛立ちを隠しもせず言う。するとポデルが割って入った。

「じ、実は此処にいる全員が既にシリュアさんにフラれているんです」

「はぁ!? 全員!? はっ、ま、まさか……」

 ポデルの言葉を聞き、フールが少し引き気味にレアの方向を見る。

「レ、レアさんも……!?」

 それを見て、ニコリとレアは微笑んだ。そして悪戯気に笑い、フールに言葉を返した。

「ウフフッ、さぁ? でもあんな可愛い子……ふつう放ってはおけないよねぇ」

「えぇぇぇぇぇぇ!? 本当に!?」

 驚きを隠せない、といったようにフールが声をあげる。一方のクレディアは笑顔だが、何も分かっていない表情をする。
 それを見ながらレアは御月を一瞥してから、言った。

「まあ確実なのは……そこにいる無愛想は、遠い遠い故郷にいる初恋の子にまだ想いを寄せているから、告白はしていないよ」

「ブフゥッ!!」

 いきなり自身が話の話題にあがったことに、更にかなりシークレットなことをバラされ、御月が飲んでいたジュースを噴いた。それからむせ返る。
 その話題に、フールは御月を見て驚いたような顔をしたものの、途端にニヤニヤしだした。

「え、マジ!? 君まだ初恋信じてんの!? うっわ、一途〜」

「やめろ!! てかレアさん! それだけは伏せろって俺言ったよな!?」

「さぁ? 何のことやら」

「とぼけやがって……!!」

 御月がレアを恨めしそうに睨むが、残念ながら効果はない。寧ろレアは慌てている御月を見て楽しんでいる様子だ。
 そして「とにかく」とヴィゴがフールに話しかけ、話題を戻した。

「シリュアちゃんにアタックしてフラれる……。それが此処ではもはやお祭り、恒例行事となってしまっているんだ」

「だからって盛り上がるのは意味わかんないんだけど」

「まあ早い話、いちいちフラれる度に盛り上がらないと……やってられんのだ!!」

「「「「「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!」」」」」

「わぁ、見事にシンクロしたね!」

 泣き出した男どもに、フールはドン引き。クレディアは場違いな発言をしているが、誰にも相手にされていない。
 そして悲しみにくれている男どもを見ながら、フールが呟いた。

「まあ……それで気が紛れんなら良いけどさ。でもクライは此処にいる馬鹿と違って図太そうじゃないし」

 そう言いながら、フールは泣いて出て行ってしまったクライの姿を思い浮かべる。とても傷ついた、といったような顔をしていた。
 それを思い出すと、どうしてもフールの中ではわだかまりが残る。

「私……余計なことしちゃったかな……」

「フーちゃん、とりあえずクーくんを探そう? レッくんが探しにいってるとは言えど、やっぱり心配だよ」

「……ん。そうだよね。よし、御月いくよ」

「へーへー。レアさん、このクリスタルよろしく」

「こら、物を投げるんじゃないよ」

 クリスタルを投げた御月に大してレアは小言を言ったが、きちんとクリスタルを受け取る。
 そして3匹は食堂を出て、クライを探しに言った。

 1匹、ハーデリアが泣いている男を見ながら「ワシはアタックしとらんぞ、ワシは」と言うのを無視して。



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