◎ 見ないふり
毎年夏休みにわたしはおばあちゃんがいるはにゅーだ村に遊びにきている。漢字が難しい村で山の中で何にもないところで、誰も遊んでくれなくて去年までつまんなかった。けど森の中でお兄ちゃんとお友達になってからつまんなくなくっていた。
「けいお兄ちゃん!」
全身真っ黒い女の人みたいな服装だけどお兄ちゃんのけいお兄ちゃん。わたしと遊んでくれるやさしいお兄ちゃんだ。
「名前ちゃん」
けいお兄ちゃんはふわりと笑ってくれる。
へんてこな衣装のけいお兄ちゃんを前におばあちゃんに話したことがある。その時にきっと求道師様のことねと言っていた。求道師様。きゅうどーしさま。わたしはきゅうどーしさまのことをよく分からなかったけど、えらい人なんだってことは何となく分かった。じゃあわたしもきゅうどーしさまって呼んだ方がいいのかなって思った。
「きゅうどーしさま」
口に出してみれば、けいお兄ちゃんの体が大きく震えた。いつものお兄ちゃんじゃなくて、わたしと同じくらいの男の子に見えちゃっていた。これは言ったらいけないことだったんだ。
「その言葉が夏休み前のテストに出たんだけどね。むずかしくて書けなかったの」
知りません。知らないからいつものお兄ちゃんに戻ってください。嘘をついたらダメだっておばあちゃんが言っていたけど、いつものお兄ちゃんに戻ってくれるならわたしは悪い子でもいいです。
けど怖がっているお兄ちゃんは見たくないもん。
「お兄ちゃん?」
ぎゅっとお兄ちゃんの服の裾を握って見上げる。
「…その言葉難しいもんね。名前ちゃんが書けなくても仕方ないよ」
まだぎこちなかったけれどいつものように笑ってくれた。
「あれが書けたら小テスト満点だったんだよ!」
きゅうどーしさまって言葉じゃない違う言葉だけど、それさえ書けていたらテスト満点だったのは本当のことでくやしかった。
「惜しかったね。けどすごいな名前ちゃんは私そんなに良い点数とったことなかったよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
さらりとわたしの髪を撫でてくれるお兄ちゃん。
ずっとこのまましてくれたらいいなって思いながらきゅうどーしさまのことは深い深いところに閉まっておくことに決めた。
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