短編6 | ナノ
夏の香りがした。ぽちゃん、と音を立てて、ソーダ水の中に落ちてゆくようだ。
君の名前で、君の声で、君の後ろ姿でわたしは夏を思い出す。ワンピースの裾をはためかせて、君がゆっくりと振り返る。夏の風が吹く。引き戻されてしまう。


「…ほんっと、変わらないよね。」

懐かしいカフェで、幸くんと待ち合わせをした。青いクリームソーダを掻き回すその細い指を目線で追いかける。綺麗な手だけどどこか骨張っていて、ああなにかを作り上げる人の手なんだなとぼんやり思う。

「…おーい。聞いてる?」

わたしの前でひらひらと手を振る幸くんににっこりと笑みだけを返すと、少し面食らった顔をして、幸くんはまたため息をついた。「ほんと、そういうとこ、」その憎まれ口だって変わらない。

「…幸くんは、綺麗になったよね。」
「…フツーそれ、男に言うセリフじゃないから。まあ、嬉しいから受け取っとくけど。ありがと。」

目を合わせないまま、幸くんがそう告げる。その視線に引っ張られて窓の外を眺めれば、初夏の日差しがアスファルトを焦がしている。目を細めてそれを見ていれば白いワンピース姿の影がふたつ、手を繋いで通り過ぎていくのが見える。

「……昔のわたしたちみたい。」
「………」

幸くんとふたり、手を繋いで坂道を駆け降りた日を思い出す。あれから随分と時が過ぎた。何も知らない子供だったわたしは、ただ幸くんと手を繋ぐだけで幸せだった。そして、幸くんもそうであったらいいとずっと祈りながらそばにいたんだ。

「あのね。幸くん。会いたかったよ。」

目を合わせて言うのは怖くて、窓の外を眺めながら独り言みたいに呟いた。だらしなく、手が震えてしまうのがわかったけれど、悟られたくなくてぎゅっと手に力を込めた。

「…オレも。会って話したいこと、たくさんあった。」
「……うん。」
「…でも。話すのやめた。」
「うん………え?」

そこでゆっくりと視線を戻せば、透明な瞳と目が合う。この世に目が綺麗な人はたくさんいるけれど、幸くんのように強い目をしている人をわたしは他に知らない。

「…今日全部話したら、名前が消えちゃいそうだから、」
「……」
「だから。少しずつ話すことにする。だって今日からはまた、たくさん会えるんでしょ?」

そうしてわたしの手を包み込んだ幸くんの手も同じように馬鹿みたいに震えていて、そこでわたしは彼も同じようにわたしとの日々を望んでくれていたのだと気がつく。祈るような気持ちで、そばにいてくれていたのだと知る。

「……おかしいな。わたし、夏のことなんてすっかり忘れてたはずなのに。」

視界が滲む。君と手を繋ぐ。少し汗ばむ。そうして君の声がわたしの名を呼ぶ。それがわたしたちの、夏の合図。
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