短編6 | ナノ
ぼんやりと。海へと走り出してゆく彼らを眺めていた。夏がよく似合う6つの背中をしげしげと眺めていれば、一番華奢なそれが途中でぴたりと立ち止まる。思わず目を瞬かせれば、その影は勢いよく振り返るとみるみる大きくなってわたしの元へ近づいてきた。

「おい、幸、なにして「テンテンはこっち!いこいこー!」

それに気がついた天馬くんが声をあげかけて、それを一成が嗜めて引っ張ってゆくのが見えた。一成から寄越された意味深な視線に小さく頷くと、彼らの背中はまた小さくなってゆく。

可愛らしい赤いギンガムチェックのサンダルの端っこを眺めることしかできなかった。それが砂をざらりと鳴らすのを合図に、幸くんが「オレも暑いから荷物番」とつぶやいた。

「う、うん…」

言うなりわたしの隣のレジャーシートの狭い隙間に座り込んだ幸くんから、日焼け止めの匂いがたちのぼる。大好きな夏の匂い。

「今年が最後の夏になるのかな。」
「え?」
「アンタとこうやってゆっくりできるの、」

だから戻ってきたんだよ。って、その目があまりにも優しくて。でも残酷で。思わず泣きそうになってしまう。そうだ。もう来年の今頃は、幸くんと同じ学校に通うこともなくなるんだ。

「かわいいじゃん、オレが見立てた水着。」

幸くんの指がわたしの水着の裾を摘む。その所作に「う………ん、」と不自然な返事をしてしまう。なにもかもが終わりの予感を孕んでいた。幸くんとのやりとりのひとつひとつが、今年でもう最後であること。来年の夏、わたしの横を吹き抜ける風を追いかけてもその先にきっと幸くんはいないということ。

「オレの今年の水着も、どう?可愛いでしょ、」

そんなわたしを知ってか知らずか、幸くんが悪戯ぽくわたしに問いかける。その姿を頭から爪先までしっかりと眺め回して、かわいい、と言おうとしたのに。こちらを見る幸くんが、かわいいとはかけ離れた艶っぽい笑顔で笑っていたから。「いいんじゃない、かな。」声が上ずる。
また不自然な沈黙が落ちる。ふぅん、と呟いた幸くんが眩しそうに隣で空を見上げた。その横顔を盗み見ながら、これは罰なんだと思う。幸くんの、1番近くにいる女友達になろうとした罰。いい人でいようとした罰。


「どーん!名前ちゃんとゆっきー!交代!」

背中に強い衝撃を覚え、思わず体を震わせて立ち上がれば、その拍子に幸くんと肘が触れてしまって余計にたじろぐ。「はぁ?普通に登場できないわけ?」そんな悪態にも一成は慣れっこのようで、悪びれもなく笑うばかりだ。

「…もういいの?」
「うん!ちょっと喉乾いちゃったからさ!きゅーけーい!」

そう言って一成はパラソルの下にごろりと横になる。でも。でも幸くんはきっと、熱い日差しの下になんか出たくはないだろう。交代も何もないのだ、と思っていれば、黙ってそんな一成を見ていた幸くんが何を思ったか、わたしに向き直る。そうして、一呼吸おいてからわたしの手首をその細い指が掴んだ。

「………え。」
「じゃあ、いこっか。」

そのままずんずんと、わたしの方を見ずに幸くんが海の方へと突き進んでゆく。らしくない行動に思わず「ねえ!いいの?」と声をあげた。いつもならば、日焼けしたくないし。の一点張りの彼がどうして。

「…ここまでしてもらって、さすがに情けないし。」
「え?」
「なんでもない。こっちの話。」

その言葉の意味を考える間もなく、えい。という掛け声と共にぴしゃりと水が飛んでくる。

「…隙だらけ。」

そう微笑む幸くんの笑顔に、何故だか堪えていた気持ちがぐっと登ってきて、思わず泣いてしまいそうになる。意味は全然違うのに、幸くんの発した「すき」に動悸が止まらない。
でももしも。もしも気持ちを伝えてしまったら、もうこんな風に笑ってはくれないかもしれない。この距離を保ち続けて、いい女友達でいて。そうしてこの思い出をたまらなく尊いものにすることがきっと、一番傷つかないけれど。

「…ゆ、きくんは、」
「うん?」
「好きな人とか、いるの、」

声が震えて、聞いたことのない他人のもののように響いてわたしの耳に届いた。そんなわたしを幸くんが黙って見つめている。そうして何を思ったか、先程同様に掌で掬った水をこちらに向けた。
思わず目を閉じれば、その隙に幸くんの細い指がわたしの手首を引き寄せて、強く握り直した。「いるよ。好きな人、」と耳元で声が聞こえる。

「ねえ、俺さ、もういい人じゃいられないけど、いい?」
「…え?」

あんなに騒がしかった周囲の喧騒が耳に入らなくなる。世界にわたしと幸くんしかいなくなって、砂浜の真ん中でわたしたちはたちまちふたりきりになる。

「いる気もなかったけど。今年の夏は、」

ふたりで精一杯止めていた、夏の時計が動き出してしまう。
始まらなければ、終わることなんてない。だからこそわたしたち、ふたりでいい人のふりをしていた。こんなにも、始まることがこわい恋なんて初めてだ。わたしの唇も、幸くんの手も同じくらい震えていた。でももう、いい人のふりはおしまいだ。

幸くんの口が、「好きだよ」とかたちづくって、わたしにやわらかく微笑むのが涙で霞んだ視界の向こうに見えた。ねえ、来年もその先もずっと、となりにいたいな。

わたしたち、夏の境界線を今飛び越える、



おいで夏の境界線/け.や.き.坂.46
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