瑠璃色の夢を見る
「…あ。お揃い。」
「!?!」
「帽子。あ、いつもありがとね。」
いつも通りの飄々とした調子で彼がそう言ってみせるのでこくこくと頷くことしかできなかった。その拍子に頭にのせたベレー帽がずれる感触があったので慌ててぱっとそれを抑える。彼のトレードマークともいえるピンクのそれをかぶって、何度彼に会いにきたかももうわからない。気がつけば彼に会えない日にも、それをかぶってわたしは日々を乗り越えるようになっていた。手離せない、お守りか何かのように。
「…お、ぼえてくれてるんですね。」
「……当然でしょ。いつも来てくれてるんだから。」
わたしの大好きな、勝気な笑顔で幸くんが笑う。その瞬間、胸がいっぱいになる。嗚呼、これほどまでに愛おしい気持ちを、わたしはこの先の生涯知ることなどできないのだろう、と怖くなる。大好きで、愛おしい筈なのに、とても怖い。
「………あ、の。」
「ん?」
時間は有限だった。たくさんの人がわたしの後ろに列をなし、瑠璃川幸という人間の誕生日を祝おうとしているのだ。プレゼントや手紙を直接渡すこともできない、まして、誕生日を2人で過ごすことなんてきっと、一生できるはずもない。それでも、どうしても今日という日にあなたに会いにきたかった。あなたの人生に関わってみたかった。
「……あ、の、お誕生日、おめでとうございます…」
「……うん。ありがとう。誕生日のイベントなんて、初めてだから。オレもこんなに人が集まってくれるなんて思わなくて。でも、すごく嬉しい。」
舞台で見る彼とはすこし違う、等身大の、どことなく幼さの残る彼に言葉を失ってしまう。シェヘラザードでも、シロでも、フランソワでもない。鷲宮光でも、サエでもローズでも、菊川でもなかった。瑠璃川幸、そのものだった。この人の大切な日に、自分は何を残せるのか、この人の人生の一瞬に、何か彩を、香を残すことができるのか、途方に暮れてしまう。
「……わ、たし、幸くんと出会ってから、知らなかった気持ち、をたくさん、知って。たのしくなかった、毎日が、本当に楽しくて、あの、幸せ、です。出会えてよかった、です。本当に、ありがとう…」
とるに足らないわたしにできるのは、幸せだ、と伝えることだった。あなたの名前が指し示す通り、あなたの存在が確かに誰かを幸せにしているのだということを、他でもない瑠璃川幸に伝えることくらいだった。
ありがとう、ありがとう…とうわ言のように呟くわたしに、幸くんは一瞬だけ目を見開いた。そうして、ほんの少しだけ泣きそうな目をして、わたしの手をぎゅっと強く握ってくれた。
「……そんな風に、誰かの人生に、影響を与えるかも、なんて、考えたこともなかった……………こちらこそ、ありがと。これからもよろしくね。」
そう告げた幸くんに何度も何度も強く頷いて、わたしはゆっくりと握った手を開く。幸くんの細い指が、ゆっくりと離れていくのがわかった。そうしてわたしではない、顔も知らない誰かの手がその指を、同じように握りしめる。
幸せが溢れているみたいだ、と思った。はからずも彼の指は、その瞳は、見ているわたし達をたちまちのうちに幸福にしているのだということ。それをきっと、彼は自分で思うよりも、理解しきれていないのだ。だってわたしは、こんなにもこんなにも幸せなのに。
「…また、来年も。」
それならばせめて。ずっとずっと伝えてゆけたらいいなと思う。あなたがどれだけ人を幸せにしているのか、そうして同じように、あなたの人生が幸せで溢れることを願ってやまない人間がたくさんいるのだということを。幸くん、お誕生日、本当におめでとう。