○るりかわ!2020 | ナノ



今宵、星降る高原で。



やわらかなヴェールの向こうに隠れた鷲色の目を眺めるのが好きだった。その目が時折ふっと寂しげに伏せられているのだということを、わたしはあの粗暴な幼馴染よりもよく知っている筈なのに。

「…ほんとなの?結婚したって、」

いつものように寝物語を強請ってみせれば、彼女は特段疑うこともなくわたしの布団へとするりと体を潜り込ませてみせる。逃すまい、と掴んだ腕の細さになんだか泣きたくなった。引き寄せればその腰だって簡単に寄せることができてしまうので、わたしはとうとう本格的に涙が止まらなくなる。
シェヘラザードは驚いたように目を見開いてから、ふっとその目を細く緩め、「なに、泣いてるの、」と優しい声をあげてみせる。

「…だ、って、王様、のところに、まいばん、いって、なにして、るんだろ、って、おもって、それなのに、こんどは、あんな、やつの、とこに、」
「……あれでも幼馴染なの。あんな奴とか言わないであげて、」
「でも、」

でも、あいつは、抱き寄せるんでしょう?この細い肩を。腰を。そうして口づけだってできるのだ。わたしが欲しいと願ってやまなかった、その唇に。

「………まあ、たしかに成り行きではあったけど。それでも、案外幸せなの。」

その言葉に、今度こそ言葉を失うしかなかった。あわよくば、と思っていたのだ。もしも彼女の気持ちに少しでも揺らぎがあるのならば、奪い去ってしまえばいいと思っていた。無理矢理にでも、奪い去って、たとえ泣き叫ばれたとしても。嫌われたとしても。それでもいいから一瞬でも、自分のものにしてしまえばいいと。それなのに。伏し目がちに微笑んだ彼女を見てしまった瞬間、言葉を失うしかなかった。一瞬だけぐっと強く手首を握って、それからそっと離した。跡など、残せるはずもなかった。

「……ナマエ?」

黙り込んだままのわたしの瞳を、その丸い目が不思議そうに覗き込むのがわかった。黙って首を横にふる以外になかった。ああ、なんだ、わたし、思ってたよりもこの子のことが好きだったみたいだ。

「……なんでもないよ。」

なんでもない、ただ、寂しげに笑うその顔が好きだったの。言えない言葉を殺すように、ぎゅっと強く彼女にすがりつけば、シェヘラザードは何かを感じ取ったらしい。応えるようにわたしの体を優しく抱き返すのがわかった。

遠い昔、彼女が話してくれた星の高原の話を思い出した。天界から降り注いだ無数の星は、地上一面を美しい色に染め上げたけれど。二度と空へ帰ることはできないのでした。そう締め括られた悲しい星々の軌道は、墜えてゆくわたしの気持ちによく似ていた。自ら落ちて、もう二度と空で輝くことはない。

「………今日は何も話さないで、隣で寝てくれるだけでいい。」
「……あら。物語を強請ったのはあなたの癖に………でもそうね、きっともう、こんな風に眠ることはできなくなるから。」

どんなに体を寄せ合っても、生まれてしまう隙間が悲しかった。そうしてほんの少しだけ、隙間なく彼女に寄り添うことができる、彼女の夫の平たい胸を恨んだ。この悲しい膨らみを恨むために、わたしは女に生まれたわけではないけれど。でもたとえばわたしが男だったならば、もっとあなたの近くに寄れたのかな。

きっと今夜わたしは、夢の中で。あの高原へと赴く。光輝く星々を踏みつけながら、じゃりりと靴の裏で星の砕ける音を聞きながら、二度と空へ登ることのないその光を弔うのだ。もう会えないあなたを思って。

「………時々、夢の中に、逢いにきてくれれば、それで、」

眠りに落ちる刹那、こぼれてしまった言葉がどうか彼女に届きませんように。きっと優しい彼女にはすべて、お見通しなんだろうけど。


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