○つるぎ! | ナノ
息を切らし、駆け込んだのは誰もいない食堂だった。テーブルの影に身を隠しながら、周囲の気配を伺う。副支部長の気配を自分が読み取れるのかどうかは甚だ疑問ではあったが、それでも誰の気配も感じられず、わたしはほっと胸を撫で下ろす。一時的とはいえど、撒くことに成功したらしい。

「つ……かれた…」

そう思えばどっと疲労感がのしかかってくるのがわかった。なにせ今日は普段の仕事をしながら、副支部長の目をかいくぐるという、余計な業務をこなしていたのだ。それもこれも狼谷先輩を祝いたい一心であったというのに、彼は一体どこに行ってしまったのだろう。

その瞬間だった。天井からがたりと物音がしたのは。思わずはっと上を見やったのも束の間、次の瞬間には天井の一部が外れ何やら白い物体が、重さを感じさせない所作でとさりと着地をする。

「……うわああああああ!!びっくりした!苗字ちゃん!!?!?何してるのこんなところで!!!」
「……………こっちの、セリフです…先輩こそ何してるんですか…」

華麗な着地を決めた狼谷先輩は、ぽかんとその様子を見つめるわたしを見つけるやいなやそう言ってみせた。わたしの方といえば、探し求めていた相手が突如目の前に落ちてきたので、口をぱくぱくとさせることしかできないというのに。

「俺は仕事押し付けたら怒った弓ちゃんからやっとの思いで逃げ切ったところだけど……苗字ちゃんもそのクチ?」
「………えっと、まあ、そんなところですかね…副支部長から逃げきったところで…」

わたしの言葉に狼谷先輩の表情がへにゃりと崩れるのがはっきりとわかった。「何?泰ちゃんから逃げ切るなんてやるね、」と語るその表情は柔らかい。
その事実にわたしが少なからず傷ついたことに気がつかない先輩は安心したように伸びをしてみせる。そうしてどさりとわたしのとなりに座り込んだ。

「大体さ〜〜、俺今日誕生日なんだよ?弓ちゃんも今日くらい仕事代わってくれてもいいと思わない?」
「………あ、の。知ってます。お誕生日おめでとうございます。」

いつ言おうかと言いはぐっていれば、先に誕生日の話題を出されてしまい、完璧に出鼻を挫かれてしまう。そんなわたしを知ってか知らずか、先輩は「ありがとう!苗字ちゃんもプレゼントくれていいんだよ!」と軽薄そうな声をあげてみせる。

「…あの、あります。」
「ん?何が?」
「………その、プレゼント、ちゃんとあります…」

わたしの言葉に、先輩が「…え。」と言ったきり言葉をなくすので居たたまれなくなる。当然だろう。予想などしていなかった言葉だろうから。

「…いちごタルト、用意してます。」
「………えっと、それは、偶然?」
「……いえ。狼谷先輩のために買ってきました。」

変に言葉を濁す必要はないと思い、一思いにそう言えば「…そっか。ありがとう。」と狼谷先輩は寂しそうに笑った。わたしは黙って、その表情の意味を考える。

「………せっかくだし一緒に食べようよ。さっき修ちゃんから、国ちゃんの店の紅茶もらったんだ。たぶん嫌がらせだろうけど。」
「……あ。ケーキ、ふたつあるんですけど…あの、わたしじゃなくて、」
「?」
「……………………あの。副支部長と、食べてください。」

努めて無表情を貫き通そうとするも、そうはいかなかったらしい。眉間に皺が寄り、唇が歪むのがわかった。そんなわたしをぽかんと見つめた狼谷先輩は数秒後に小さく吹き出す。

「……っあはは!苗字ちゃんってさ、泰ちゃんのこと、嫌いでしょ?」
「…………………嫌い、じゃない、です…」
「うわ!すっごい無理してる!すっごい無理してる!」

おかしくて仕方がないとでも言うように笑う狼谷先輩を見ていたら、なぜか涙が出てきた。そんな風にずっと、笑っていて欲しいのに。

「……え!泣いてる?どうしたの??」

そんなわたしを見て、狼谷先輩が慌てたようにそう言ってみせる。笑顔が影を潜めてしまう。ちがう、そんな顔をさせたいわけじゃない。

「……っ、狼谷先輩に、あの人、優しくないから……」
「……………うん。」
「…先輩、を、取り囲む、もの、すべてが、優しかったらいい、のに。」
「………うん。そっか。」
「………それ、に、わたし、あの人に、絶対、勝てない、から。」
「……あはは。張り合ってるの?」

穏やかな顔をした狼谷先輩が、わたしの髪を梳きながらそう問いかける。張り合っているわけではないのだ。そう、これは、

「……戦争、みたいなものです。」
「ええ、俺のために争わないでよ。」

戯けてみせているようで、おそらく本心なのであろう。狼谷先輩がわたしを宥めるようにそう言った。

「…………俺、苗字ちゃんのそういうところ、結構好きだな。」
「………………え。」
「…なんだか、絆されちゃいそうで、ちょっとこわい。」

そう言ってまた穏やかに笑う先輩に、心臓がぐるりと回転するのがわかった。本当に、心臓に悪い。

「…あ、の。わたし、ケーキ、取ってきます。」
「………うん。ありがとう。待ってる。」
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