短編3 | ナノ



ずっとずっと、生きているという事実に実感がもてなくて、果たして、自分の重みがどれほどなのか、はかることもおこがましくて、ずっとずっと片側の頬を、死神に触れられているような気分なのでした。


骨を拾う。何度も、何度も。
折れた骨を何度もかき集めて、ちぐはぐにくっつけて、そうしていつの日かまた打ちのめされて、また折れて。
気がつけば元の様相もわからなくなった体を引きずって、そうしてわたしは生きてきたのだと思う。

「…あの夏のこと、わすれないと思う。」

そんな体を引きずって、息も絶え絶えだったあの夏、わたしは、あなたに出会った。

「空っぽで無意味で乾ききっていたわたしの夏に、幸はあまりにも眩かった。」

くらり、としたことをよく覚えている。
夏特有の、蜃気楼の揺らめくアスファルトの向こうに、まるで夢なんじゃないかと疑ってしまうくらいに美しく、彼は存在していた。そうして、下を向いていたわたしの手首をぎゅっと掴むと、その細い腕からは想像もできないような力でわたしを引きずりあげたのだ。そうやって、わたしは今日まで生きてきた。

「……またアンタは、そういうことばっかり言って。」

あの頃よりも少しかすれた声の幸が呆れたような声をあげる。その変化を愛おしく思いながら、わたしはそっと目を閉じる。瞼の裏には、あの夏の幸の姿が今も鮮明に残っているようだった。

「…わたし、あれから一体何度幸に叱られてきたんだろう」

あなたにひきずりあげられて、沢山叱られて、強い目で見つめられて。そうして生きてきた。幸の手が力なくわたしの手から離れてしまいそうな時には、今度はわたしが彼を引きずった。慣れない重みに、いくつも血が滲んでいたけれど、痛くなんてなかった。ただ折れそうな幸の体を、壊れないように抱きしめるので精一杯だった。そんな風に必死に息をして、ただ心臓の音に身を任せていたら、幾つもの季節がまわっていた。

「…さあ。まあ、それと同じだけ甘やかしてもきたけどね。それに……アンタからもたくさん、色んなもの、もらったし。」

空っぽのわたしの体が、心が、あなたの心に何かを注ぎ込めたとは到底思わない。けれど、わたしの存在が何かしらの乱反射を起こして、それがあなたの中の一筋の、些細な光にでもなれたとしたなら。それでもうわたしは、何も要らない。

「…わたしも。幸から、本当にたくさんのものをもらった。」

ずっと昔に忘れてきた筈の感情も、自分には到底もち得ないと思っていた感情も、全部全部あなたがわたしの血を洗い流してくれたから。気がつくことができたの。

「…幸、わたしに、知らなかった感情をたくさん教えてくれてありがとう。」


ずっとずっと、死神がわたしの頬を撫でている。けれど。涙の筋の乾ききった、わたしの汚れた逆側の頬をあなたがそっと撫でてくれたあの日から。わたしはほんの少しだけ、生きているということが、わかったような気がしているのでした。


2019.7.8

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