短編3 | ナノ



殺して仕舞えばいいだろうか、と思いながらその白い首筋を見つめていれば、視線に気がついた幸が怪訝そうな目でこちらを見た。

「…何?」
「………べつに。なんでも。」

幸はそういうのに殊更目敏い。気にしていないフリをして、実は他人の感情の機微にとても、敏感だ。

「…………嘘。一緒に死んじゃえたらなって、そんなこと考えてた。」
「………またそういう突拍子もないことを。」

本当はずっとずっと心の何処かで考えている。殺して仕舞おう、というよりも、むしろ、

「………時々、ああだれか、ころしてくれよ、って思うんだよ。本当に時々ね。」

不健全なことはわかっている。道徳からはみ出していることも、よくわかっている。それでもそう思わずにはいられない。誰もが持っている、後ろ暗い感情は唐突に表出してしまう。そうしてわたしのそれは、紛れもなく殺意を携えている。それだけのことだ。

「……ああ、ほんのちょっとだけ、それは、わかるな。」

否定されてしまうかと思えば、幸が白けた目でそう言ってのけるのでぞくりとしてしまう。
嗚呼、神様、この人にそんな顔をさせないでよ。この人にこんな顔をさせるのは、だれ。何。いけないのは何。世界?それとも、

ぐるりと、そんなくだらない世界が反転する。わたしの世界を回せるのはこの、わたしの上で呼吸をほんの少し荒げる小さな生き物だけだ。瑠璃川幸だけだ。

「…幸、」

ひたりとわたしの首に幸の両手が当たる。先程よりも白けた、冷たい目をした幸の目がわたしの瞳の表面をざらりと撫でるように見下ろす。その手加減のない冷たさに喉が鳴る。
それでもその顔はほんの数秒後にぐにゃりと歪む。そうして、その翡翠のような目からぽたりと涙が落ちた。わたしは何か、容れ物のようにその涙を一身に受け止めることしかできない。

「……オレはアンタを殺せないけど、そのだれか、がオレだったらいいのにって、おもう。」

…誰か、なんて言わないで。オレにして。

か細い声が、わたしの首筋に埋まった幸の唇から落ちた。そうして同時にわたしはぼんやりと、幸の思うだれか、もまたわたしなのだろうかと考えた。

「……わたしも幸のことは殺せないけど、その誰かを空想するなら、わたしにして。」

彼の小さな頭を掻き抱きながら、わたしも必死に息を吸い吐きするようにそう言ってみせた。そうして、彼にいつしかこんなにも残酷な思想を与えた世界のことを思う。思って、ほんの少し愛おしんで、そうして憎んだ。こんなにも細い体に、そんな残酷な業を忍ばせて、彼は一体どうやってその殺意を隠しているのだろう。


この世界は優しくない。こんな平凡な生活の中で生きるわたしたちでさえ、こんな後ろ暗いことを考えてしまうくらいには。
ああ、君の世界を形成するものが本当は優しいものだけならばいいのに。君の未来が明るいものであればいいのに。けれどそれをどんなに願おうと、叶うはずなどないことをわたしたちは痛いくらいにわかっている。


ゆっくりと顔をあげた幸の視線がまっすぐにわたしを射抜く。涙に濡れたその顔はそれでも美しくて、殺人鬼、とはあまりにかけ離れているけれど、どこまでもそれに近しい。そうしてわたしもきっと同じ目をしているのだ。幸の前でだけは。


殺さないくせに、殺せないくせに。
わたしたちは、誰しも奇妙な、偽物のシリアルキラー。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -