吊戯誕 | ナノ


 「もう一度聞くよ。名前は名字名前。職業はC3っていう吸血鬼と人間の中立機関で、君は日々そこで魔法使いとして街の平和を守っている。…これで合ってる?」

彼…オリハライザヤと名乗った男の言葉に、名前は注意深く頷いた。その様子に、お手上げだ。とでも言いたげに彼はぱさりと手元の書類を投げてみせる。大袈裟だが絵になる姿だった。

「君は嘘をつけるようなタイプではなさそうだけど、この通りどんなに調べてみてもこの世界に君の戸籍は存在しないんだ。そうなると君のその、嘘みたいな馬鹿げた作り話を信じることが、一番正しい道のような気もしてきた。さあ、どうしたものかね。」

本当は大して困っていなさそうな様子の男の顔をじっと見つめる。よくよく見れば吊戯とは似ていないものの、醸し出す雰囲気はやはりどこか似通っていた。だからこそ身構えてしまう。この人もどこか、浮世の住人であるのではないのかと。

「…なに、人の顔じっとみて。」
「あ、すみません、知り合いに似ていらっしゃるものでつい…」

名前の言葉に、へえ。と彼は興味がなさそうな声をあげた。「ちなみにその人の名前は?」と聞かれるので、「狼谷吊戯さんです、」と言えば途端に彼は眉を寄せる。

「随分と変わった名前だね。そんな名前の人間は知り合いにいないし、いたとしたら覚えてるだろうな、」

その言葉に内心、あなたの名前も充分変わっていますよ、と思ったもののその言葉を飲み込んだ名前は曖昧に頷いた。その様子に埒があかない、と思ったのか臨也は肩をすくめてみせる。

「…とりあえず魔法使いさんにはそうだな…その例の鍵とやらで元の世界に帰ってもらうしかないのかな。俺の方もこれから色々と調べてはみるけど、その鍵が今回の件の発端のようだし。」

その言葉に名前は申し訳なさそうな顔を向ける他なかった。おずおずと臨也に向けて挙手をしてみせる。「…すみませんひとついいですか」「…何?」

嫌な予感を察したのか、臨也の声がほんの少しだけ不機嫌になるのがわかった。ここまでくるともうお約束、とでもいうしかない展開に名前もため息をつく以外ないのだ。

「……どうやらさっきの鬼ごっこの最中に鍵を落としたみたいで……」
「お約束過ぎて最早呆れるね。そのツルギさんとやらも君といると退屈しなさそうだ。」

どう考えても嫌味としか思えないその発言に、けれど名前が安堵したのは吊戯の名前が出たからに他ならない。一刻もはやく帰りたかった。だってそう、名前にはやらなくてはならないことがあるのだから。

「…まったく、世間一般には今日は夏休み最終日だっていうのに。」

そう。8月31日は、他ならぬ狼谷吊戯の誕生日なのである。



とりあえず鍵を探してきます、と名前が部屋を出て行こうとすると、臨也が涼しい顔でひらりと手を振ってみせた。

「いいよ。今俺が探してるから。遅くとも夕方までには見つかる。」

見つかると思う、ではなく見つかる、という断定的な言葉に名前は目を丸くした。パソコンの前に座っているようにしか見えないが、本当に?といぶかしげな視線を送れば、「何か言いたげな目だね、」と臨也がちらりと視線をこちらに向ける。

「……そんなに大きなものでもないですし、やっぱりわたし探してきます。もしかしたら交番に届いてるかも「いいから。むしろ下手に君に動き回られて、目を離した隙にまた余計な魔法とやらを使われる方が迷惑なんだ。大人しくしててくれると助かるな、」

そうまで言われてしまうとぐうの音もでない。仕方ない、と名前はふかふかとした豪華なそのソファーに身を沈めることにした。そうして部屋をぐるりと見回す。家賃、高いのだろうな…とぼんやりと考えていれば使い勝手のよさそうなキッチンが目に入り、名前は思わず声をあげた。

「…あ。」
「……今度は何。」

ついにパソコンから顔をあげずに答えるようになった臨也に視線を送り続ければ、彼は訝しげにこちらを見据えた。

「よかったらキッチン貸していただけませんか。実は今日恋人の誕生日で、本当は午後からケーキをつくる予定だったんです。」
「………君、結構良い度胸してるね。」

その言葉の意味を考えていれば、ふい、と諦めたように息を吐いた臨也が「あるものなら勝手に使っていいよ、」とひらりと手を振る。それ以上干渉してくるつもりはないらしい。それきり黙ってパソコンに向き直ってしまった彼をほんの少しだけ見据えてから名前は立ち上がった。知らない男の家で恋人のためにケーキを作る、奇妙な展開に少しだけ笑みがこぼれた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -