「………誰?」
目をあければ、名前は見知らぬ街の路地にぺたりと座り込んでいた。状況が把握できず、数度瞬きをすれば目の前の男が冒頭の台詞を問いかけてきたのである。それは此方の台詞だ…と思いながらも「…名字です」と答えれば、男は訝しげな表情を更に深めた。
「たしかにさっきまでここには名前がいたけど、君はどうみてもあいつとは別人だよね?なんなの?いきなりあいつの周りが光ったと思ったら名前が消えて君が落ちてきたんだけど。もしかして君も化物とか、そういうクチ?」
わけのわからない男の…だが、何故か自分の下の名前までもを知っている男の言葉に名前は首をかしげる。話にならない、と判断したのか男がふい、と息を吐く。
「とりあえずいいや。今ちょっとそれどころじゃなくてね。詳しい話は事務所で聞くからとりあえず俺に生きて着いてこれる?」
『生きて』という言葉に引っかかりを感じながらも名前がおずおずと頷いた瞬間だった。突如名前の上空を黒い影が覆う。それが何かの落ちてくる気配だ、と気づいた時には目の前の黒い男に腕を引かれていた。
「いぃーざーやー」
地を這うような低い声に名前はびくりと肩を跳ねさせる。「おお、こわいこわい。」と笑ってみせる男の口ぶりから、「いざや」というのはこの男のことで、何やらあの男に追いかけられているらしいことがわかる。そこでふと、先程落下してきたものを確認した名前は顔が青ざめるのがわかる。
「……自動販売機……」
何故、こんなものが上空から降ってくるのか。もしかして自分は今、吸血鬼以上に危険な生き物を相手にしているのではないかと名前は今更ながらに恐怖を感じる。
「とりあえず走って、」
「………もう走ってますよ、」
わけのわからない状況に陥りながらも、不思議と名前は冷静だった。それはおそらく、この男の雰囲気が何処となく、自分の恋人に似ているからなのかもしれない、と名前は風になびく黒髪を眺めながら、思った。