○ゆき | ナノ
「悪いね、休みの日に呼び出して」
「いいよー。どうせ暇してたし。監督さんって忙しいんだね、いつでも車くらい出すよ。」
「……」

皇天馬は言葉を失っていた。チームメイトが当然のように恋人と雑談しているのだ。しかもあの、瑠璃川幸が、である。ぼーっとその様子を見つめていれば、彼女の方が天馬に向き直るので、思わずピンと背筋を伸ばした。

「…すごい、ほんとに皇天馬だ。」
「……どうも…」

何故こっちが萎縮しなきゃいけないんだ…?と思いながら幸の方を見てみれば、彼はツンと知らないフリをしてみせる。その姿に内心舌打ちをしながらも「名字名前です、」と差し出された手に握手をした。



「どこまで行けばいいの?生地買いに行くんだっけ?」
「そうそう、あのモールの中の。」
「ああ、いつものとこね。」

助手席に乗る、とごねた幸を「皇くんがやりにくいでしょ、」と軽くいなした彼女は運転席に座るとサングラスを取り出した。ノースリーブから伸びる白い腕、嫌味なくつけられたピンキーリング、一成の話通り何から何まで幸とはかけ離れていた。

「…名前、ちゃんと日焼け止めつけてるの?ノースリーブ着てるなら車の中だって日焼けするんだからさ、」
「はいはいちゃんとつけてますよー」

言葉の端々から、本当にこの女は幸とそれなりの時間や生活を共にしているのだな、と実感する。ぼーっとミラー越しに見える彼女の姿を見据えながらそう思っていれば、「ちょっと、見過ぎ」と幸が小声で肘を当ててくる。

「……お前彼女相手にもブレねえのな、」
「はぁ?当たり前でしょ、」

何を言ってるんだ、とでも言いたげな幸。聞こえているのかいないのか、彼女は口元を綻ばせたままだ。





「皇くん、荷物持ちお疲れ様。はい。」

幸が会計を済ませている間、店の外でぼんやりと荷物を持ったまま手持ち無沙汰にしていると、いつのまに買ってきたのかペットボトルを3つ抱えた名前がどれにする?と腕をを差し出していた。

「…あんたの方こそ、休日にわざわざ大変だな、」

炭酸水を受け取りながらそう言えば、「今日は暇だったから大丈夫だよ、」と嫌味なく笑ってみせる彼女。歳は大して変わらないだろうに不思議な落ち着きが見て取れた。

「……あんた、幸をよろしくとか言わねえのな、」

ぼそりと呟けば、こちらの意図するところを理解したらしい。スポーツドリンクのペットボトルをあけながら「あー、」と彼女は苦笑してみせる。

「わたしそういうの苦手でさあ。だって幸はわたしのものじゃないっていうか、あの子もそういうの嫌いそうっていうか…伝わる?」
「…まあ、なんとなく。押し付けがましい女よりずっとマシだ、」

意外とドライなんだな、と笑いかけてみれば彼女がまた笑う。なるほどこういうところは幸とよく似ているらしい。

「………ちょっと。何盛り上がってんの??」

振り返れば、大量の袋を抱えた幸がじとりとこちらを見据えていた。そうして気を取り直したかのように天馬に向き直ると、その荷物を全て押し付けてきた。いつもの幸だ。

「てめ、またそんなに買ったのかよ…」
「せっかく荷物持ち係がいるんだから今日のうちに買わないとね。じゃ、ポンコツ役者はこれ車に運んどいて、」
「ふざけんな!!!」

そんな二人のやりとりを、入ってくるわけでもなく幸を諭すわけでもなく彼女はただ小さく微笑みながら見つめていた。
ドライというよりかは、必要以上に介入し過ぎないようにしているのだな、という印象だった。おそらくそれは彼女の、性格というべきかなんというか、自分が関わることで生じる化学反応めいたものを恐れているからなのだろうと天馬は予測する。そうしてそれを、幸はもどかしく思っているのだろうということが見て取れた。

「…名前さんはここにいていーぜ、俺と幸で荷物置いてくるから、」

その言葉にぽかんとした表情を浮かべたのは名前と幸だった。半ば強制的に幸の腕を引っ張れば、「ひっぱんなポンコツ役者!」といつも通りの悪態が返ってくるので安心する。その表情は些か曇ってはいたが。

「……お前の彼女も意外と子供なのな、」
「…………うっさいわかったような口聞くな、」

大人びているようで、相手に踏み込もうとしない姿勢、それはきっと臆病なだけだ。そのことをわかってやっていようとわかっていなかろうと、どちらにせよ子供だ、と天馬は思う。目に見えて覇気のない幸を横目に、「それにしてもあちぃな、」と小さく溢した。
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