○ゆき | ナノ
「……この間ゆっきーが彼女と歩いてるの見たんだけどさ、」

それは一成の何気ない一言から始まった。その言葉は静かに落とされたがその言葉に各々自分の時間を過ごしていた筈の夏組メンバーは動きを止めた。当の本人である幸は自室に籠って次回の公演の衣装を作っていた筈だ。その事実が余計にメンバーの興味をそそったのだ。本人が頑に話そうとしない、恋人の話。

「けど、なんだよ?不細工だったとかか?」

雑誌を放り投げた天馬が茶化すように聞けば、一成はうーんと唸る。その動作に一同は首を傾げる。

「…いやそういうんじゃなくて、顔は遠くてよくわかんなかったけどなんていうか、イメージと違ったっていうか…」
「どういうこと?」

誰よりもその話題に食いついている椋が身を乗り出す。「さんかく〜?」と声をあげた三角が「静かにしろ〜!」と天馬に宥められている。

「…ほらなんつーか、ゆっきーって可愛いものが好きじゃん?だから彼女もふわふわ〜みたいな感じかな〜って思ってたんだけど…どっちかっていうと綺麗なお姉さん系だったんだよね、それがちょっとびっくりしてさ、」
「へー!それはちょっと意外かも。幸くんみたいな格好した女の子が相手なのかな、って思ってたから、」
「…でもそれはそれでちょっと想像できねえな……幸があいつみてえな女と付き合ってみろよ、ぜってえ駄目出しのオンパレードだろ、」
「あはは、それは確かに、」

それもそうだな〜と全員が納得したところで「へえ?随分と好き勝手言ってくれてるみたいじゃん、」と聞き慣れた声が背後から聞こえ、3人はびくりと首をすくめる。
そこには目の下にクマを携えた幸が不機嫌そうにこちらを見ていた。「ゆ、ゆっきーお疲れ…」と一成が乾いた声でひらりと手を振るも、その視線は緩められない。

「…はあ。こっちは寝る間も惜しんで衣装作ってるっていうのに、でかい声で俺の話なんかされたら集中できないんだけど。そんな話してるくらいなら稽古のひとつでもすれば?」

通常運転の幸に3人は内心で胸を撫で下ろす。どうやらそこまで怒っているわけではないらしい。夜食を探しにきたらしい幸は「三角〜、おにぎりある?」と声をかけている。「ある〜!」と嬉しそうな声をあげた三角がキッチンの億へと消えていった。

「…ごめんね幸くん。幸くん全然彼女さんの話してくれないから気になっちゃって、」

その背中に椋が申し訳なさそうに声をかけると、幸はぴたりと動きを止めた。だがそれも一瞬のことで、すぐに三角から皿を受け取った彼はくるりと踵を返してしまう。

「…別に怒ってない。俺も時々なんであいつと付き合ってるんだろうって思う時あるし。あんな、俺の思う『可愛い』の真逆を行く女と…」

意味深な言葉を残して部屋を後にした幸を全員がばっちりと見送ってから数秒。「ちょ、ちょっとゆっきーストップ!!!その話詳しく!!!!!!」と叫んだ一成を筆頭に全員が部屋から飛び出した。

「はぁ????なんで全員ついてくるわけ???きも、」
「うるせーよ意味深なこと言い残すお前がわりい!!!もしかして上手くいってねえのか!?」

天馬の声に再度幸が「はぁ??」と声をあげる。

「生憎だけど仲良くやってるから!!!あいつ綺麗系に見られがちだけど中身は割と可愛、」

そこまで言いかけた幸はぱたりと口を噤んだ。呆気にとられたのは夏組メンバーである。一瞬だけ動きを止めた5人の中で一番早く動いたのは幸本人だった。そのまま三角顔負けの勢いで走り出した彼はばたんと音を立てて部屋に立てこもってしまった。がちゃり、という施錠音。

「幸くん!!!!?」
「ちょ、ゆっきー!!!?」
「うっさい今すぐ消えて、」

ドアをばんばんと叩いてみれば、いつもより数倍低い声をした幸からの返答がぼそりと聞こえる。だがその後は何を叫んでも無駄だった。中からはただミシンの音が響いてくるばかりだ。「…いや、そこ俺の部屋……」という天馬の声は一成と椋の叫びにかき消された。
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