○ゆき | ナノ
「…ねえ、もしかして酔ってるの?」
「ん?知らないのかな?瑠璃川幸くん、人間ってコーヒーでは酔えないんだよ」
「………」
「ええ、黙らないでよ、」

何故だか上機嫌な目の前の恋人を見据えながら、幸は目の前のカフェオレを啜ることに専念する。そんな幸の姿を、彼女は興味深そうにじっと眺めている。

「…飲みづらいんだけど」
「あはは、気にしないで、」

しきりにうんうん、と頷いてみせる彼女をちらりと睨んでみたところで、どうやら無駄な抵抗であるらしい。諦めた幸は、カフェオレと共に運ばれてきたケーキに集中することにする。

「…お酒がないのにさ、こんなにも楽しいのってたぶん、幸だからなんだな、って、考えてた、」
「……」
「最近さあ、お酒入れないと仲良く喋れない、とか思ったこと言えない、とかそんなのばっかりでさあ。大人になるってこういうものかなあって思ってたんだけど、そうじゃなかったな。」
「………悪かったね。お酒も飲めない子供で、」
「そうじゃないってば。」

思わずケーキを口に運ぶ手が止まる。あいも変わらず彼女にしかわからない理論がどうやらその頭の中では繰り広げられているらしい。こんな風に、コーヒーとケーキを二人ちびちびとつまみながらただとりとめのない話をするデートなど、もう何百回と繰り返してきたはずなのに。それなのに今更、こんなふうに上機嫌になれる彼女にほとほとあきれ返る。そうして、同じようなことを考えている自分にも。

「…わたしにはちゃんと、お酒なんかなくても心の底から笑える場所があるんだなって。それが当たり前に嬉しくて、幸せだなって思った。」
「………よくもまあ、そんな恥ずかしいことを堂々と。」

思わず視線を逸らしてみても、名前はにこにこと手元のコーヒーを啜ってみせるばかりだ。見透かされているようで腹が立つ。幸の動作ひとつひとつに顔を真っ赤に染めることもある癖に、時々びっくりするくらい余裕綽々になってみせるのだ、この恋人は。

「…あー、楽しみ。どこのお店から見る?お姉さん今日はなんでも買ってあげちゃう!」
「言ったな?店の端から端まで買ってってオレが言い出しても知らないから、」
「あはは、そういうこと言うくせに、実際にはわたしに気を遣って意外とほしいものせびらない癖に、」

わたし、知ってるんだからね、と得意げに笑う彼女に言葉を返せなくなる。自分自身でも気がついていないような、寂しさに触れられるとどうすればいいのかわからなくなってしまう。そんな感覚、彼女に出会うまで知らなかったのに。

「……たまには甘えてよ。そんなすぐに大人になり過ぎないで、」
「………はあ、その言葉、そっくりそのままお返しするよ、」

それはこっちの台詞だというのに。数段飛ばしで大人になろうとする彼女に引き離されまいと躍起になっているのは誰のせいだと思っているのだ。
気がつけば、カフェオレの味が薄くなっている。いつもそうだ、気がつけば随分と長いこと話し込んでいた、そんなことばかり。
いつか、本当に大人にならなくてはならないような、そんな時までは。その時までは名前と2人、コーヒーとケーキを前に目を輝かせる子供でいられる時間を大切にしたい。幸せそうにケーキを頬張るその顔を見つめながら、そんなふうに思った。
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