「あ。幸だ。」
画面の向こうに現れた恋人の姿にひらひらと手を振る。お互いに会えない日々が続いており、ようやく取れた時間でのテレビ電話という手段だったのだ。画面の中の幸は心なしか髪が伸びており、見慣れない部屋着に身を包んでいた。そんな、自分の知らないところで幸に起こっている変化を少しだけ寂しく思う。
そんなことを思いながら目を細めて幸の姿を眺めていれば、画面の向こうでちょいちょい、と幸が手招きをするのが見えた。
「…?いやいや、画面越しなんだからもう近寄れないってば、」
『…いいから。もうちょっと寄って。』
有無を言わせない幸の様子に、名前もまた神妙な顔をして画面へと体を寄せた。その瞬間、幸が目を細め、『あ。やっぱり。ニキビ。』と声をあげるのがわかった。
「え、ちょ、幸?『あーーもう、予想はしてたけどさぁ、昨日何時に寝た???どうせ仕事持ち帰ってきてよる遅くまでやってるんでしょ?あー!髪も!ちゃんと乾かして寝てるの?そもそも俺が置いてったトリートメント使ってる?』
目を鋭くして画面越しに投げかけられた言葉に何も言えなくなる。確かにそうなのだ。幸と会えない日々が続き、仕事も忙しくなった。生乾きの髪のまま眠ったり、ベッドにたどり着かないままにパソコンの前で眠ってしまうこともざらになっていたのだ。
『………久しぶりにあったのに、怒鳴ってごめん。』
何も言い返せなくなった名前に、幸は申し訳なさそうな顔でそう一言呟く。名前は慌ててふるふると首を横に振った。
「…いやあの、返す言葉もないというか…」
『……まあ、そうだろうなとは思ってたけど。仕事大変なんだ?』
「うーん、まあ、人並みに…?」
駄目になってしまった、というよりも幸のいない生活に戻ってしまったかのようだった。そういえば幸と出会う前もよく、学校の課題をやりながら床で寝落ちてしまうこともあったような気がする。
『……どうすんの。もし俺がいなくなったら、』
そんなことをぼんやりと思い出していれば、突然思いもよらない言葉がとんでくるので勢いよく顔をあげた。見れば、幸が苦い虫を噛み潰したかのような表情でこちらを見ていた。思わず口が乾いて喉が、鳴る。
「…いなく、ならないでよ。」
『………うん。』
「…わたし、幸がいないと、こんなふうになっちゃうんだよ、」
『……ほんとだね。俺がいないとだめだめだ、』
言いながら幸が苦笑するのが見えた。ああ、もどかしい。いつもなら行かないで、と縋ることができるのに。
『…まあ、俺も人のこと言えた義理じゃないんだけどね。』
「…え、どういう『あ。ポンコツ役者帰ってきた。そろそろ切らなきゃ』ええ、ずるくない!?」
わかりやすく話題をそらそうとする幸に思わずそう叫んでしまう。そうしてなんだか、いつもと同じような空気感にたまらなく安堵した。不服そうに文句を言ってみせても、『はいはい、続きは次会った時ね、』と言われれば成す術もないのだが。
「…ねえ、幸、」
立ち上がり、通話を終了させようというその刹那、思わず呼び止めれば不思議そうな顔をした幸がこちらを見つめていた。
「…いつか、ぜんぶ笑い話になればいいね。」
『…………うん。本当に。』