○ゆき | ナノ
「……今日はでっかい花束、ないんだ?」
「…あはは。さすがに毎回は邪魔かなって、」

冷静を装って気丈にそう笑ってみせれば、幸は名前の目をじっと見つめたまま「ふぅん」と呟いてみせた。ちらりと名前がそちらへと視線をやれば、まだ幸が自分の方を見つめていたので思わず視線を外してしまう。そんな名前を、幸は何も言わずに見つめるばかりだ。

「………なんで全然、目見ないの?」
「っ、」
「……まあ、いいけど。」

演劇をしている時とはちがう、けれど一緒に買い物をしたりカフェで喋ったりする時とも違う、初めて聞く冷たい声だった。けれど、その声を出させているのも、そんな寂しそうな顔をさせているのも他ならぬ自分の不甲斐なさのせいなのだ。目を合わせることは憚られて、俯きがちに幸の前から立ち去る以外になかった。去り際、何かを訴えるような幸の目が視線の端に見えて、それでも何もいえなかった。





「……あー無理、嫌われた、絶対に、」
「いやどう考えてもあんたが100悪いと思うけど、」

幸の目を思い出すたびに、心がちくちくと痛んだ。素晴らしい千秋楽を見て、シェヘラザードの時とはまた違う瑠璃川幸という役者に魅せられたばかりだというのに。それなのに心がこんなにも重たい。

「……だって、見れば見るほど、会えば会うほどいい子で、大切になっちゃって、わたしの手に余るなって、思っちゃうの。」

公演を見に行く度に、頬を高揚させて彼を見つめる女の子の姿を見たことも一度や二度ではない。そうして、かく言う自分もその中の一人であることに間違いはないのだ。それなのに自分がひとり、都合のいい偶然に乗っかって抜け駆けをしていることが、ひどく罪深いように思えてしまう。そうして自分の小ささを思い知る。なんの変哲もない、大した熱量を持って生きているわけでもない自分が、幸を好きになることなどおこがましいのではないか、と。

「…それなら最初から、仲良くなろうとなんてしなきゃよかったでしょ、」
「うっ」
「…瑠璃川くんの気持ちになってみなよ、突然現れて付き纏ったかと思えば、急に避けられるんだよ?どんな気持ちだと思う?」
「ううっ」
「そんな中途半端なことするならもう会うのやめな、」
「………うっ、わかってる、わかってるんだけどね…でも、わかんないの。」

こんなの、初めてなんだもん。と小さく呟けば、辛辣な言葉を吐くばかりだった友人もそこでようやく口ごもる。こんな風に幸を傷つけるのならば、もう会わない方がいいことくらいわかっている。でも、会いたい気持ちを抑えられないのだ。それでも踏み切れないのは、幸が時折見せるさみしい顔を知ってしまったからだ。あの顔を見たくない、と。幸せに笑っていて欲しい、と願ってしまった瞬間に、自分の人生の中のなにか特別なスイッチが入ってしまったかのような、そんな気がしたのだ。

何度確かめてみても、幸からの着信もメッセージも受信しない携帯電話。当然だろう、名前はそれをぽいと放り投げ、またソファーの上でごろりと体を丸める以外になかった。
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