○ゆき | ナノ
「…あ。幸。いらっしゃい。」

名前の家に一歩足を踏み入れた幸は言いようのない違和感を感じた。言葉にはしがたかった。けれど、何かが決定的に違う。
来客かな、と思い至った幸はさっと玄関の靴の数を数えた。けれど、玄関の景色はいつもとなんら変わりはない。そんな幸の視線に気づいてか、名前はニヤリとひとつ笑みを残し、部屋の奥へと消えていく。

「……ほーら、わたしの彼氏だよ。挨拶して〜」

帰ってきた名前の腕に抱えられた白い塊を眺めながら、幸はあんぐりと口を開けた。まさに猫撫で声、とでもいう声で名前はその生き物に話しかけてみせている。

「……ちょっと。状況が掴めないんだけど」
「…んーまあ、話せば長いんだけど、」
「…飼い始めたの?」
「まさか。わたしにはシロっていう愛猫がいるし、」

言いながら名前が茶化すように幸の顎の辺りをするりと撫でる。不服そうな目を向ければ、「ごめんてば。」と大して悪びれてもいないような口ぶりで彼女の指が離れていく。

「近くに住んでる大学の友達が家にゴキブリが出て、ゴキジェット焚きたいんだけどバイトに行かなきゃいけなくて。」
「……なるほどね。預かってるわけか。」

言いながら幸の指先がちょいちょいと肉球に触れる。懐かしい感触だった。二回公演の時には役作りのために散々猫と触れ合ったものだった。そういえば、あの頃はまだ名前と付き合ってすらいなかったと思うと、なんだか感慨深い。

「…名前は?」
「小次郎」
「………随分とまあ、古風な。」

どちらかといえば美形な顔立ちをしている猫を憐れむ気持ちでその喉を撫で回す。ネーミングセンスには甚だ疑問を覚えざるを得ないが、美しい毛並みから見るに、飼い主からは大層愛されているらしい。名前の腕の中で、彼は満足げにごろごろと喉を鳴らした。触られるのには慣れっこのようだ。

「……とりあえず上がりなよ。何飲みたい?ホットミルクでも作ろうか?」
「……飲む。」

猫にも人間のミルクあげていいのかな…と言いながら、名前が足元へと小次郎を降ろす。その瞬間、彼はびゅんとその腕から逃れるように部屋の奥へと逃げ込んでしまう。その様子を呆気に取られたかのように名前と幸はぽかんと見つめる以外になかった。

「……気持ちよさそうに抱かれてた癖に。」
「あはは、なんか不服だったのかな。」

覗き込んでみれば、彼は日のよく当たる窓際でごろりと横になっていた。ちらりと名前と幸の方を眺めた彼はその後にふわ、とあくびをしてみせる。

「……とりあえず、飲み物持ってくる。幸も適当にくつろいでて。」
「ん。わかった。」

言いながらキッチンへと向かっていく名前を横目に幸はそっと窓際の小次郎の元へと歩み寄っていく。人に慣れているのか、逃げ出す素振りもなく彼はふてぶてしく幸を見上げた。

「……あいつの抱っこ嫌がるとか、贅沢過ぎ。」
「みゃ?」
「………はぁ。なんでもない。」
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