○ゆき | ナノ
あ。と思ったのは、道の先に見慣れた後ろ姿を見つけたからだ。夏の茹だるような暑さの中を連れ立って歩く、見覚えのあるシルエット。声をかけようかと足を踏み出しかけて、そうしてとどまった。どうやら友人と仲良く買い物であるらしい。たくさんの袋を抱えた3人に小さく苦笑してから、その場を立ち去ろうと名前はサンダルの向きをくるりと反転させようとした。
瞬間、勢いよくぐるりとひとつの影がこちらへと振り向くのがわかり、名前は目を見開く。目の前の幸もそれは同様であるらしい。遠目にも、ぽかんとした彼の表情がわかり、それがなんだかおかしかった名前はひらひらと手を振る。隣にいたのは先日、はじめての対面を果たした向坂椋であったようで、彼の方もぺこぺこと頭を下げているのが見えた。

「ねえねえ!誰??2人の知り合い?」

そこそこの距離があるにもかかわらず、もう1人の少年の声が名前の耳にも届いた。その数秒後「えーーーっ!」という声と共に、とてつもない勢いで猛追してくるひとつの影に、名前は目を瞬かせるしかない。

「きゅ、九ちゃんちょっと待って「えーーーーっ!!!幸の彼女??ねえねえそうなの??うわーーーーいいなーーーーってかめっちゃ綺麗!!!可愛い!!!」

椋の制止も虚しく、きゅうちゃん、と呼ばれた少年は名前の元へ到着するなりそう一息にまくし立てた。遅れて名前の元にたどり着いた幸は、その光景になにかを言いたげに口を開いて、けれどその口を噤んでしまう。

「……あ、兵頭、九門くん……?」

近くで見てみれば、彼もまた夏組のメンバーの一人であった。名前のその言葉に彼はいきなりかしこまったかのように「し、知ってくれてる…あざーす!」と言いながら勢いよく頭を下げた。くるくると表情の変わる子だな…とあっけにとられていれば、視界の端にこちらと視線を合わせようとしない幸がうつる。

「いいな〜〜!!俺もこんな綺麗で可愛い彼女欲しい!!!やっぱ夏だし恋したいな〜〜」

当の九門はそんな幸にも気がつかないらしくそう言いながら人懐こい笑みでこちらを見据えるばかりだ。裏表のなさそうなまっすぐな言葉に思わずたじろいでしまう。ここまで正面切って綺麗だの可愛いだの言われたことがないのだ。どう対処すれば良いかわからない。

「……幸くん、せっかくだし名前さんとお茶でもしてくれば?買い物、一通り済んだんでしょ?」

その状況を打破したのはそんな椋の一言だった。その言葉に名前はちらりと幸を見る。幸は相変わらずこちらと目を合わせようとしない。

「……いい。まだ買い足したいものもあるし。そっちもどっか行くとこでしょ?」
「…………え。」

思いがけない幸の冷たい口調に言葉を失う。そう言ったきり幸が口をつぐんでしまうので、その場に奇妙な沈黙が流れた。

「……あ、わたし友達と待ち合わせしてたんだった!遅れたら悪いからそろそろ行くね。また今度ゆっくり、」

我ながら笑えるほどの大根役者ぷりだった。珍しく渇いた声が出た。名前さん、と声をあげる椋の言葉に聞こえないふりをしてそのままくるりと踵を返し、暑さで揺らめく道を再度歩き出す。先程よりも気が滅入った。
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