「…未成年に手を出すのって犯罪じゃないんだっけ?」
寮の前で幸を待っていた名前はその言葉にびくりと肩を震わせた。そうしてその問いかけがはっきりと自分に向けられたものだと認識するやいなや目を細めた。見慣れないサラリーマンは人の良さそうな笑みを浮かべるばかりだ。
「……幸の知り合いですか?」
「はは、びっくりさせたかな?春組の卯木千景です。」
その言葉に、先日見たばかりの演劇の演目と、幸が言っていた「チカゲ」という響きを思い出す。そこで全てがようやく合致した名前は警戒心を解いた。
「あー……先日は、どうも。」
「こちらこそ。たまたま幸が近くにいたみたいで良かった。」
にこにこと表情を崩さない千景に、単純に「こわいな」と思った。こういう大人の前では、自分がいくら気丈に振る舞おうと無力な小娘であるということが痛いほどにわかる。
「……皆さんそうですけど、舞台を降りると雰囲気変わりますね。この間のガウェインとは別人…」
目の前にすぐ帰るべき寮がある筈なのに、どうやらここに居座る様子である千景にそう問いかける。他に話題も思いつかなかったのだ。何より、自分の中ではこの飄々とした卯木千景という男よりも、先日の再演の舞台の上でみたガウェインの方がよほど親近感がある。
「…俺はあんなに熱血漢じゃないよ。確かにあの役は演じる度に、俺とはかけ離れた性格だなって何度も思い知ってるけどね。」
そう言ってみせた瞳がほんの少し憂いを帯びるので、あれ、と思っていれば「あ、」と寮の方向から声があがる。見れば幸が驚いた顔でこちらを見つめているところで、それにひらりと手を振れば呆れたように息をつきながら彼はこちらへと歩を進める。
「ちょっと。あんまりおちょくるのやめてよね。」
「はは、ごめんごめん。幸が夢中になる女の子ってどんな感じかなって思ってさ、」
言いながら彼は先程の表情をすっかり包み隠し、目を細めて名前を見た。品定めされているような気分になった名前はぶるりと体を震わせる。
「…べつに怖がらせたいわけじゃなかったんだ。ごめんね。また遊びにおいで。」
こちらが怯えていることまで筒抜けらしい。その言葉に力なく会釈をすれば彼は寮の玄関を目指し、長い脚を進めていった。思わずふい、と息を漏らすと、「…そんなに怖い人じゃないから。むしろ常識人な方」と呆れたような幸の声がするので笑ってしまった。