○ゆき | ナノ
「よいお年を〜〜!」

会社の同期とそうして手を振り合えば、その言葉がまだじんわりと駅の改札に残っているようなその感覚が残るうちに、名前は虚無感に苛まれる。
昨日は会社の飲み会を終え、その前は確か大学の同級生と。そうして今日は12月30日。最後の忘年会はほんの少しだけ早めの解散となる。それは暗黙の了解のようであった。誰しもが皆、帰る場所を自然と求めてしまうような。いうなれば帰巣本能のような。その本能に従い、名前もまた改札にくるりと背を向け、家への帰路につく。
1枚1枚、ぺりりと膜が剥がれていくような感覚だった。ある種、何かを清めるかのように、裸に戻っていくかのように。そんな風に今年のつながりを一度剥がし切って、そうして自分に残るものはなんだろう。


「…おかえり。」
「………寮のみんなと、年越ししなくていいの?」

玄関の扉をあければ、そこには幸がほんの少し居心地の悪そうな顔でこちらを見つめていたので思わず言葉に詰まる。どうやら階段をのぼるヒールの音を聞きつけて、わざわざ玄関まで出てきてくれていたらしい。

「…明日は帰るよ。でも、アンタの今年一番最後の顔を見るのは、俺がよかったの。」

こちらが何かを問いかける前に幸が全てを言ってしまうのは珍しいことであった。言葉をなくしていればぐい、と腕が引かれる。つめたくて、けれどやわらかい唇が自分のそれに押し付けられる。ああすっかり、この味にも慣れきってしまったなあとぼんやり思う。その事実にほんの少しだけ寂しくなる。

「…………どうしたの、らしくないね、」
「別に。そういう時だってある、」

擦り寄る恋人はどうやら人肌恋しいようであった。熱っぽい視線でこちらを見つめながら彼の指先がすりすりと名前の掌をなぞる。どうやら目をそらすことはできなさそうであった。その手をそっと取り、思わず自分の頬に寄せてみる。その瞬間、どうしようもなく幸せなような、それでいて寂しいような感覚に襲われてしまう。

「……どうしたの?」

思わずぐっと唇を噛み、涙を堪えていれば、些か慌てたような様子の幸と目が合う。「……なんでもないよ。」と小さく笑い、今度は心から安らかな気持ちになってゆっくりと目を閉じる。じんわりと暖かい幸の手が心地よかった。

会社の同期や友人のことを思った。彼等や彼女らには皆、帰る家がある。帰る場所がある。その本能に従って自分もまた、彼の元に帰ってきたのだった。

…ああそうだ、わたし、全てをなくしきってでも最後にこの人が残るのならそれでいいと思ってずっと一緒にいるんだった。
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