「………誰に泣かされたの、」
待ち合わせ場所に着くやいなや、幸が目を細めてそう言うので、思わず名前は言葉に詰まる。隠しきった筈だ。腫れた目元もしっかりと冷やしてきたのだ。不自然でないほどの化粧だって施してきた。それなのに、何故。
そんな名前の葛藤を見破ったのか幸がはあっと深いため息をつくのでびくりと肩を震わす。呆れられたのだろうかとちらりと幸の方をうかがえば、じとりとこちらを見据える彼と目が合う。
「………わかるに決まってるでしょ、そのくらい。ほら行くよ、」
ぐい、と腕を引かれる。思えば幸と手をつないだことは初めてで思わず彼のほうをまじまじと見つめてしまう。一心に前を見据える幸の横顔はどことなく怒っているようで、「瑠璃川くん、」と呼びかけた口を噤んでしまう。
「……バイトが、うまくいかなくてさ、」
ぽつりと言葉を落とせば幸は何かを言うでもなく前を向いたまま小さく頷く。その所作にどことなく救われた気がした名前は思わずぽろぽろと言葉を落としてしまう。
「…いつもなら、大丈夫だったの。でもなんだか、ずっと溜まってたものが、溢れてしまって、久しぶりに、泣いてしまった。なにも、瑠璃川くんのデートの日じゃなくても、よかったのに、ごめんね。」
「……なんで謝るの、別に悪いことしてないでしょ、」
「…………おかげでいつもより8割増しブサイクでお届けします……」
そう言ってみせれば幸がふっ、と小さく吹き出す。「いいじゃん、やっと通常運転って感じ、」という言葉にこちらも思わず笑みがこぼれる。
「…ちょっと、動かないでよ、」
「………む、ムリです、」
先程までのいい雰囲気はどこへいったのか、名前はデパートのパウダールームで必死に幸から顔を背けていた。
「化粧直してあげるって言ってんの、大人しくしろ、」
「ムリムリムリ!!!そんな至近距離ですっぴん見られるとかムリです!」
必死に抵抗してみせても、幸はクレンジングシートを片手にずいずいと迫ってくる。普段ならば幸からの接近だなんて願っても無いチャンスだが、今回ばかりはそうもいかない。
だが、男の腕力に敵うはずもなく名前の抵抗は虚しく意味をなくしてしまう。がしりと幸に両手を絡め取られ、気がつけばその腕を頭の上で壁に押し付けられてしまう。側から見れば女子2人の可愛らしい攻防に見えるかもしれないが、事実そうではない。思いがけない態勢に名前はかーっと頬に熱が集まるのがわかる。
「………チーク取ったのに顔真っ赤だけど、」
「……………うるさいうるさい、瑠璃川くんのせいだからね、」
「はいはい、大人しくされるがままになっててよね、」
名前から半ば奪い上げた化粧ポーチをまさぐりながら幸はそう言ってのける。思わず言葉に詰まってしまえば、「…ん。スッピンも悪くないじゃん、」と続けてみせるのであいた口が塞がらなくなる。
「……瑠璃川くんなんか今日大胆…」
「……うるさい、どっかの誰かさんに感化されたの。ほら、暴れたら不細工になるよ、」
そう言いながら幸の手がひたりと頬に触れるので小さくヒッと喉を鳴らした名前はぎゅっと目をつぶる意外にないのであった。