○ゆき | ナノ
「…なんで名前今日1限からなのに化粧気合い入ってるの?」

机にべたりと突っ伏していれば、横暴な友人にぐるりと首の向きを変えられ、可笑しな音が鳴る。そのまま目だけをそちらに向ければ、先日共に舞台観劇に赴いた友人がけらりと笑っている。

「…そりゃあ今日が初デートだからですかね、」
「あらま初耳、お相手は例の瑠璃川くん?」

その言葉にこくりと頷いた名前は再度机へと顔を伏せる。それでも気合いを入れて整えた目元のアイシャドウやマスカラを崩さない様に細心の注意を払って、である。

「…なんでデートなのにそんなに浮かない顔してるの?」
「………そりゃあ人生で初めての逆ナンの相手が中学生だったからですかね、」
「あらま初耳、」

からりと笑う友人をじろりと睨みつける。恋多き彼女にとってはさほど問題点ではないのかもしれないが、こちらとしては心中穏やかというわけにもいかない。

「そっちはどうなの?三好君?だっけ?」
「…あーうんなんかね、他に好きな女いそうなんだよね〜。最近は割といいオトモダチって感じでたまに遊んだりしてるよ、」
「…それ、わたし別に一緒に演劇見に行かなくてもよかったんじゃ…?」

自分のつゆ知らないところでいつの間にか決着のついていたらしい友人の恋模様にまたぐったりと力なくうなだれる。そんな名前の頭をぺちん、とひとつ叩く感触。

「何言ってんの。名前が一目惚れだなんて珍しいんだからちゃんと楽しんできなよ。それにほら、瑠璃川くんって大人びてたし大丈夫。ぎりぎり犯罪には見えないってば!」
「ぎ、ぎりぎりなんだ…やっぱり…」

大した慰めにもならない言葉を背中に受け、名前はまた一層深く机に体を預けるのだった。



「…間抜けな顔、何驚いてるの?」

待ち合わせ場所につくなり、ぽかんとした顔を浮かべた名前を、幸は訝しげに見つめる。そうして諦めたかのようにため息をついた。

「…わかった?俺、普段からこういう格好してるの。俺は別にいいけど、普通の人はそういう反応、するでしょ。好奇の目にさらされたくないなら今すぐ帰れば?」

それはどことなく冷たい響きをもつ言葉だった。そうして、その言葉の意味をじわじわと理解した名前は慌てて首を横にふる。

「ちがうの、」
「?何言って「あんなにLIME、塩対応してた瑠璃川くんがわたしよりはやくまっててくれたことにびっくりして。もしかして、来てくれないんじゃないかとさえ思ってたから、」

一息にそう告げれば、今度は幸がぽかんとした顔をする番だった。そうして肩を、竦めてみせる。

「…あんた、もしかしてすごい変人なんじゃない?」
「…え。そうかな?」
「……普通は待ち合わせた男が女装してたら引くでしょ。」

その表情がまた憂いを帯びてしまうので、名前は途端に焦りを覚える。それと同時に期待、めいた感情が胸に燻るのがわかった。もしかして自分は、彼の弱さにつけこむことができるのではないか、というそういう、汚い期待。

「…なんていうかわたし、周囲に興味がなさすぎる、とはよく言われるかな。わたしとしては興味がないっていうよりかは、大抵のことを気にしないだけなんだけどね。瑠璃川くんの言いたいことって、たぶんそういうことでしょう?」
「……やっぱり変人。」

だめ押しのつもりでそう言ってみて確信する。よくも悪くも、自分たちの需要と供給が噛み合っているということを。自分が求めているのは瑠璃川幸の美しさや芯の通った強さで、幸が求めているのはそれを異端として見ない存在だ。そう、良くも悪くも周囲を気にしない、生きている実感の薄い自分の性質は幸を上手く、丸め込むことができるのではないかという思い。
それを確信した名前は幸の丸い目を見つめる。ふ、と彼の目もまた名前の目を見つめ返した。その瞬間たじろいでしまう。先ほどまでの自分の狡い思考が恥ずかしくなる。そうして何も言えなくなってしまう。

「今のわたしにとって大事なのは、瑠璃川くんが来てくれたことだよ。それにその洋服、すごく似合ってる。ショートパンツとかも似合いそうだし、シックな感じも似合いそうだし、男の子の格好も似合いそう。どうしよう、また瑠璃川くんとデートしたくなる…」

自分の口から出た、想像もしていなかった言葉に愕然とする。そうして「ち、ちがうの!今のは…」と呟いてみせれば幸もまたぽかんと口をあけてこちらを見ているところだった。

「…………ちょっと待ってまだ始まってもないんだけど。っていうかデートじゃないから。勘違いすんな、」

予想すらしていなかっただろう言葉に、幸がふい、と気まずそうに視線を逸らす。その瞬間、ああ。だめだ。とまた、あの初めて幸を見たときと同じような感覚が蘇る。自分はきっとこの人を、離せそうにない。
先ほどまでの憂鬱はどこへやら。目の前に現れた気高くも美しい生き物にまた名前は目を、心を奪われてしまうような感覚に陥る。

「……よかったらまたデートしてください、」
「………はあ。だからまだ始まってもいないってば、とりあえずいくよ。映画、始まるんでしょ。っていうかその前にどっか入って化粧直すよ。アイラインがたがただしマスカラもダマだらけ。」

早口にそう告げた幸がずんずんと歩き出してしまうのをぽかんと見つめた。「…ぼーっとしてるなら置いてくけど?」と、こちらを振り返らずも言う背中に慌てて歩みを寄せれば、その頬がほんの少し紅潮していることに気がついてしまう。ああ、駄目だ。やっぱり離せそうにない。






『ふーん。そんなこと考えてたんだ、』
『まあ要約するとわたし、結構しょっぱなから幸のこと大好きだったんだよね……ねえ、ねえ幸は?初デートの時にはもう、わたしのこと好きだった?』
『………ノーコメントで、』
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