○ゆき | ナノ
「あ、秋服だ。」

自室で着替えを済ませ、朝食を食べる幸の前に姿を現せば、彼はコーヒーを啜りながらそう呟いた。さすがというべきかなんというか、目敏い。

「そうそう、昨日衣替えしたんだよね。」
「へえ、可愛いじゃん、」

その言葉に純粋に笑みがこぼれる。出したばかりの薄手のニットと、夏物に比べて少しだけ分厚いスカート。「いやあ日頃の彼氏の教育の賜物ですかね、」と戯けてみせれば、「別に俺は何もしてないよ。アンタが頑張っただけでしょ、」とさらりと言ってのける。

「男前…」

思わずそう呟けば、「ばーか、」と余裕の笑みが返ってきた。こういう瞬間は、どちらが年上かわからなくなってしまう。今朝はすっかり完敗のようだ。

「…でもなんかちょっと寂しいな。秋服を出すのって、」

どことなく物悲しい気持ちになる。夏が自分の恋人にとって特別な季節なのだから尚更、である。そう思いながらスカートの裾に目を落とせば、「あ。」と幸が呟くので顔をあげる。

「俺も今同じこと思った、」

彼らしくもなく、本当にきょとんとした顔でそう告げられれば、思わず笑いがこみ上げてきてしまう。だってそんな今更、たまたま同じことを考えた、というだけの些細な偶然で。そんな顔をするだなんて。

「…ちょっと、何笑ってるの?」
「……ごめんごめん、なんでもないよ。」

内緒にしておきたい。でも堪らなく愛おしくて、伝えたい。

「秋はあっという間に終わって、また冬がきて、寒い寒い言ってれば春がきて、そうして雨が降ればまた夏が来るね。」

次の夏には、幸の背はまた伸びて、すっかり自分は追いつけなくなってしまうだろう。そうして彼はまた新しい演目を演じて、新しい衣装を作って、自分はそれを楽しみに彼の隣で日々を過ごすのだろう。
けれどそれらは決して、確定事項などではない。

次の夏も一緒にいようね、とは言えなかった。言ってしまいたくなかった。ただ、次の夏も一緒にいられたらいい。そうしてまた、秋が来ることが寂しいね、とふたり笑い合えたらいい。そういう風に祈るように、未来を望んでしまうようになった。

「…さ、そろそろ仕事行かなきゃ、」
「…ん。俺も学校、」

秋服のスカートをひらめかせ、幸に手を引かれながら部屋を後にする。そういう幸せを、知ってしまったのだ。
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