○ゆき | ナノ
「げ。」と幸が目の前のサラリーマンに対し嫌な顔を向けるので、知り合い…?と名前がぼんやりとその男を見つめていれば、意外にも彼はにこりと微笑みを返した。

「や、名字さんじゃん。」

その言葉にぽかんとした顔を返せば、「やだな。茅ヶ崎です。毎晩お世話になってます、」と爽やかな微笑みが返ってくる。

「…その言い方ヤメロ、」
「ええ、別にいいじゃんなんで?」
「悪意を感じるからに決まってるだろインチキエリート、」

茅ヶ崎という響き、それから幸のその言葉にそこでようやく名前はぽん、と手を叩く。

「…たるちさん?」
「そそ、いつもイベントの度にありがとね、」

よくよく聞いてみれば、その声が電話越しによく聞く声であると気がつき、名前はほう、と息を吐いた。その様子を幸が訝しげに見つめる。

「……なんだ。面識はなかったの?」
「うん。一成から名字さんが俺と同じゲームのユーザーって聞いてさ。それで俺が直々にスカウトしたってわけ。」
「…余計なことしやがって、」

思わぬところで一成に飛び火が…と名前がいつもよりも言葉遣いが荒くなった幸を見つめていれば、何見てんのとでも言いたげな幸と目が合う。時折幸の見せるこういう、熱が好きだった。ふとした瞬間に覗いてしまう浅はかさ、みたいなもの。名前への愛情を、嫉妬めいた形で表出してしまうところ。それは幸にあって自分にはないものだ。

「よく2人が一緒に歩いてるの見かけてたから、俺は一方的に知ってたんだ。今日もデート中だった?邪魔してごめんね。」
「さっさと帰ってゲームでもしてろ廃人、」

しっし、と至を追い払う動作をする幸に、当の本人は大して申し訳なさそうにも思っていなさそうな顔でごめんごめん。と笑う。

「…そんな邪険に扱わなくても、名字さんが幸のことしか見てないのなんて一目瞭然なんだから安心しなよ。それじゃね、」
「……え、」

そこまで失礼な態度を取ってしまっただろうか…と名前がぽかんとした顔を浮かべていれば、「……いこ。」と幸が手を引いた。どことなく気まずい空気が流れる。

「……茅ヶ崎さん、不思議な人だね。」
「………そう?表面上はマトモな方だよ。もっと変な奴は沢山いるから。」
「ああ、そういえばそうだったね。」

言いながら幸の劇団の面々を思う。面識があるのはまだ数人だが誰も彼も個性の塊で曲者揃いだ。

「……わかる人が見るとわかっちゃうんだね。わたしが幸のこと大好きなのって、」
「はあ??いきなり何言ってんの???」

小さく笑いながら、なんてことのない顔でそう言えば幸が驚いた顔を見せるので思わずまじまじと彼の方を見返してしまう。それが意外だったのか彼はふい、と顔を背けてしまった。

「…普段あんまりそういうこと言わないくせにいきなり言うのヤメロ、」

それが照れ、によるものであるとわかった途端、柄にもなく名前もまた顔に熱が集まるのがわかった。ああそうだ、自分は昔のままの自分じゃない。幸と出会って確かに、熱をもった人間だ。

なんだ、もしかしてわたしたち、似た者同士なんじゃないか。

数歩先を歩きながらもしっかりと手を握って離さない幸の横顔を盗み見ながら名前はそう、思った。
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